世事抄録 貧福貧福

 40年近く前、突然の左足の痛みに襲われ手術をしたが効果はさっぱりで、痛み止めの服用しか治療法はなく、歩行運動もしてみたが痛みは去らず、職場復帰をさせてもらったものの結局、入退院の繰り返しだった。

 そんな中で町中の生活は疎ましく郊外へ新築転住した。ここは人目も気にせず表を歩くことが可能だったので、痛みと共存しながら自宅前の坂道を「一、二、三、四…」と往復30歩歩くことから始まり、次第に歩数と距離を伸ばしていった。また、効きもせぬ薬ならと、思い切って痛み止めの服用をやめた。

 この状態を続けて数年を過ごしたと思うある日、「あれっ、痛みはどこへ?」とふっと気がついた。その訳を聞かれても、手術の効果が現れたのか、歩行の成果か、それとも奇跡なのか何とも言いようがない。それ以来痛みとも決別し、せっせと歩くことを心掛けるようになった。

 この回復談をある人にしたら「そりゃまるで小説のお公家さんだがね」と笑われた。お公家というのは有吉佐和子の小説「和宮様御留」に出てくる橋本実麗(さねあきら)で、外出をした時は「貧福貧福」とまじないを唱えながら歩く。

 「一、二、三、四」と数えながら歩いたのが、まじないの一つと思われたようだ。もちろん私はまじないの信者ではないが、もしかしたら御利益があったのかもしれない。

(松江市・変木爺)

2017年4月27日 無断転載禁止