山陰の暫定2車線問題 海外編 韓国(1) 全線4車線化方針

仁川国際空港と首都ソウルを結ぶ片側4車線の京仁高速道路=3月、韓国・ソウル市郊外
財源不足で整備路線減

 韓国の空の玄関・仁川(インチョン)国際空港に降り立ち、首都ソウルに車で向かう。利用した高速道路は、ソウルまでの40・2キロが全て片側4車線。料金は6900ウォン(約665円)、1時間でソウルに着く。1日の交通量は6万6千台。釜山や浦項(ポハン)といった地方都市行きのバスなども行き交う。

 国土交通部道路政策課によると、韓国の高速道路延長は4193キロ。日本(1万1325キロ、2月1日現在)の37%ほどだが、国土面積は約4分の1。ソウルと地方都市を網の目のように結び、日本を上回る密度で整備されている。

韓国の高速道路網
 さらに、国や道路公社が管理する高速道路は全て片側2車線以上(有料)で、対向車線へのはみ出しを防ぐ中央分離帯があるか、対向する車線を分離して造っている。延長は2020年までに5千キロに延ばす計画。同課のカンチョルユン事務官(37)は「全線4車線化が基本だ。今後造る路線も同じ構造になる」と胸を張る。

 浮かび上がるのは、分離帯がない暫定2車線(片側1車線)区間が36%を占める日本との違い。だが、韓国もかつては整備費が確保できず、暫定2車線を採用する苦肉の策を取った。


国家予算の28%

 「1966年まで、交通インフラの主軸は鉄道だった」。建設部(現国土交通部)で国土計画局長などを務めた金儀遠(キムウィオン)氏(86)は、朴正煕(パクチョンヒ)大統領の側近として高速道建設の創生期に携わった当時を振り返る。

 金氏によると、朝鮮戦争で国土は荒廃し、大都市を結ぶ幹線道でさえ上下2車線で幅は7メートルほど。近代化を目指す朴大統領は輸送力を重んじ、国際復興開発銀行(世界銀行)の支援を受けて、ドイツの「アウトバーン」を参考にして高速道路網の拡大に舵(かじ)を切った。

 67年、ソウルと仁川を結ぶ京仁高速道路(延長23・8キロ)の着工を皮切りに、ソウル-釜山間の大動脈となる京釜高速道路(416キロ)の建設にも着手した。ともに片側2車線以上で、特に大統領の出身地・慶尚北道を貫く京釜道には力を入れ、片側幅員を30メートルで設計。合わせた総事業費は460億ウォン(当時のレートで648億円)、韓国の国家予算規模の28%に上った。

 整備を急ぐため、用地買収は基準地価の1割増しという好条件を地権者に提示。行き詰まると、向こう10年間の税制優遇措置を条件に加えたという。その結果、京釜道は70年に全線開通し、韓国の高速道路時代が本格的に幕を開けた。



区間3割に及ぶ

 この間の68年に大統領令「国土総合開発計画」を示し、76年までにソウルを中心に京仁、京釜を含めて6路線(1千キロ)を、さらに81年までに8路線(944キロ)を整備し、総延長2千キロとする方針を打ち出した。総事業費は前半の1千キロ分だけで600億ウォン(847億円)とはじいた。

 重い財政負担の影響はすぐに表れた。金氏によると、京釜道を造る時点で建設費が不足。約400キロにわたり、幅員を10センチ削って節約するほどだった。

 「朴大統領の後継者も信念を受け継ぎ、財政難の中で高速道路建設を急いだ」(金氏)。70年代に入り、地方路線の一部に導入した暫定2車線区間の延長は、79年には全区間の3割に当たる484キロに及んだ。

 はみ出し事故のリスクが高まる暫定2車線の高速道路網を広げた代償は、大きかった。

2017年4月24日 無断転載禁止