山陰の暫定2車線問題 海外編 韓国(3) 再び全線4車線へ

「4車線化は地域振興に資する」と話す韓国道路公社建設計画課の奉永彩課長=韓国・金泉市、同公社
社会損失大 方針を転換

 「暫定2車線の全廃方針を決めたのは1992年だ」。世宗(セジョン)市の官庁街の一角にある韓国国土交通部道路政策課の一室で、カンチョルユン事務官(37)は古い資料に目を落として説明した。

 暫定2車線網の拡大に終止符を打ち、全線4車線化に向かう転機となったのは同年4月の試算だった。

 「向こう10年間で生じる暫定2車線区間の経済的損失は3兆6千億ウォン」。当時、供用済みか計画段階の同区間約700キロについて、車の燃費と所要時間の損失を合算した。当時のレートで5688億円だ。

 一方、同じ区間を最初から4車線で整備した場合の建設費は損失の半分以下の1兆6千億ウォン(2528億円)。暫定2車線より多額の「初期投資」をしてもすぐに回収できると判断し、約700キロ区間を2001年までに全て4車線化する方針を打ち出した。対向車線へのはみ出し事故が相次ぎ、命が脅かされていたこともあり、世論も受け入れた。


三つの改良手法

  方針を踏まえ、92年以降の新規着工区間は全て4車線以上で建設。暫定2車線区間の4車線への改良は96年ごろから本格化し、2015年末に完了した。

 改良の手法は三つ。既存の暫定2車線区間に隣接し、上下線を分離する形で2車線を増設▽既存の暫定2車線区間を4車線に拡張し、中央分離帯を設置▽急カーブや急勾配で事故が起きやすかったり、速度が低下したりする区間は廃線にし、違う場所に4車線で新設-があり、地形の特性などに合わせて選択した。

 全線4車線化に向かう以前、暫定2車線の安全対策を模索した時期もあった。

 韓国道路公社建設計画課の奉永彩(ボンヨンチェ)課長(54)によると、山間部の急カーブなどリスクが高い場所に、金属製の「ガードケーブル」を試行的に置いた。日本の国土交通省が中国横断自動車道広島浜田線など国内12路線で試行設置する「ワイヤロープ式防護柵」と似た中央分離帯の構造物だ。

 国の「道路構造・施設基準規則」がネックになった。自動車専用道に中央分離帯を置く場合、少なくとも幅3メートルを確保。さらに車道幅3・5メートル以上、路側帯も3メートル以上を必要とした。

 奉課長は「トンネルや一部区間は幅が足りず、設置できなかった。設置するために拡張工事をするより、4車線化した方が効率が良いと結論づけた」と語る。


地域振興後押し

 4車線への改良が最後に完了したのは、死亡事故率の高さから「死の高速道路」と呼ばれた光州大邱(カンジュテグ)線(延長176キロ)。年間死者62人を数えた翌年の01年から始まり15年をかけた。

 4車線化を進める際、地元の物流業界や自治体が訴えたのは、命を守る必要性だけではない。「地域振興に欠かせない」という声が道路公社の背中を押した。

 公社は2001年、光州大邱線の4車線化による損益を試算した。物流コストで年760億ウォン(約72億円)、燃費は101億ウォン(約10億円)の節約になり、通行時間短縮(30分)効果は659億ウォン(約63億円)と見積もった。

 放置すれば地元の損失は増す。三つの手法を組み合わせる方式で、01年に2兆6559億ウォン(約2536億円)の改良予算を組んだ。

 公社の奉課長は「地方の産業振興や人口増加、新都市開発の足がかりとして、4車線化は大いに資する」と強調。韓国の高速道路行政は、目先の整備費用や沿線人口、交通量よりも、国や地域の将来の礎を築くことを重んじている。

2017年4月26日 無断転載禁止