石見銀山 たんけん隊 <3時間目>

石見銀山遺跡の全景=2007年撮影、大田市大森町
 いよいよ石見銀山遺跡(いわみぎんざんいせき)の歴史について学んでいくよ。石見銀山は誰(だれ)が、どうやって見つけたんだろう。

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 博多の神屋寿禎が発見

 さとる 石見銀山の銀はいつから採(と)られていたの?

 先生 今から約500年前、戦国時代の1526年に発見されたといわれているよ。

 しおり 誰が見つけたの?

 先生 博多(はかた)の商人、神屋寿禎(かみやじゅてい)という人なんだ。

 しおり なぜ遠くの人が見つけたんだろう?

 先生 江戸(えど)時代後期にまとめられた「銀山旧記(ぎんざんきゅうき)」という書物にはこう記されているよ。

  ~筑前(ちくぜん)の博多に神屋寿禎というも のあり。雲州(うんしゅう)へ行かんとて一つの 船に乗り、石見国(いわみのくに)の海を渡(わた)りはる かに南山(みなみのやま)を望むに、赫然(かくぜん)たる光あ り。~

 しおり どういうこと?

 先生 寿禎が筑前国(ちくぜんのくに)(現福岡(げんふくおか)県)の博多から出雲国(いずものくに)へ船で向かっていた途中(とちゅう)、石見国の海から南の山を眺(なが)めると輝(かがや)く光を見つけたんだ。ここでいう山は仙ノ山(せんのやま)(大田(おおだ)市大森町、標高537メートル)のことを指(さ)すよ。石見銀山という名前の山は存在(そんざい)せず、仙ノ山が石見銀山そのものなんだ。

 さとる 仙ノ山が銀色にピカピカ光っていたの?

 先生 残念ながら、銀は空気に触(ふ)れると酸化(さんか)して黒くなるから光ることはないんだ。仙ノ山にある清水寺(せいすいじ)の観音様(かんのんさま)が輝いていたとも伝えられているけど、実際(じっさい)のところ、はっきり分かっていないよ。

 しおり 山が輝いていた伝説が残るなんて神秘的(しんぴてき)。

 先生 その後、寿禎は出雲大社近くの鷺銅山(さぎどうざん)へ銅を買い取りに行き、輝く山の話をしたところ、経営者(けいえいしゃ)が興味(きょうみ)を持ったんだ。それで鷺銅山の技術(ぎじゅつ)者らと一緒(いっしょ)に仙ノ山に行き、銀を見つけたと「銀山旧記」に書かれているよ。

 さとる ここから石見銀山の歴史が始まるんだね。

 =もっと知りたい= 神屋寿禎はどんな人?

 生年不明~1546(天文(てんぶん)15)年没(ぼつ)。明(みん)(中国)と貿易(ぼうえき)を行ったよ。石見銀山の開発に携(たずさ)わり、産銀量(さんぎんりょう)を飛躍的(ひやくてき)に増大(ぞうだい)させたとされる製錬技術(せいれんぎじゅつ)・灰吹法(はいふきほう)を導入(どうにゅう)したんだ。

 ・石見銀山資料館(しりょうかん)学芸員・藤原雄高(ふじはらゆたか)

2017年5月3日 無断転載禁止

こども新聞