世事抄録 見つめる

 行司の仕切りに「見合うて見合うて」があるが、相手の目を見て話すのは、ビジネスの鉄則だ。マナーではなく、あなたの言いなりにはなりませんよという対等な立場で交渉する姿勢である。ところが日常生活では照れもあるのか、なかなか見つめ合って話すことができない。

 4月、帰省した松江のとある喫茶店でのこと。注がれる女性のまなざしに気が付いた。思い当たる人はいない。そのうちに女性がテーブルに来て高校名と名前を告げた。他校の後輩に首をかしげた。「忘れましたの?」と頬づえをつき見つめられた。見つめ返して記憶がうずく。彼女はうなずき見つめ返す。思い出すたびに、途切れるたびに見つめ合い、思い出した高校3年生の時の異議申し立て運動での激論の日々を。もし見つめ返すことなく彼女が一方的に思い出を語ったならば、懐かしさはあっても、思い出に深みが増すことも、感動することもなかっただろう。

 見つめ合う。相撲の立ち合いの瞬間、番付に影響されることなく呼吸と間を合わすから勝負師としての気迫が湧きあがる。ビジネスの交渉も、会社規模やブランドでおじけづくのでなく対等の立場で話すから新たなビジネスの創造がある。見つめるとは、相手に関わりたいという意思表示であり、見つめ合うとは、この出会いを価値あるものにしようとする関係の深みなのだ。

 (埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2017年5月25日 無断転載禁止