セツの英語

 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の妻セツは、松江の人だ。八雲が話すアイルランド訛(なま)りの英語を理解しようと、耳から入ったままをせっせと書き留めた。手製の単語帳が残っている▼家をハウシ、水をワタリ、鉄はアエロンと書いている。小さいはシモール、眠たいはシレーペー。子ども(チャイルド)はチャリダ、何もない(ナッシング)はノテンという具合▼松江での八雲との生活に必要な、家の中で使う言葉を、必死に覚えようとした姿が浮かんでくる。耳に聞こえたそのままなので、案外このまましゃべった方が、今でも英語圏の人には通じやすいのでは、と思わせるものが多い▼日本語は外来語の多い言語だが、カタカナの和製英語には英語圏の人に通じない、やっかいな言葉があふれる。サラリーマンやOL(女性事務員)、コストダウン、アフターサービス、ガソリンスタンドなどがその類い▼使いなれた外来語のイメージダウン。おっとこれも、イメージとダウンをくっつけた日本製。米国出身の日本語学者、ドナルド・キーンさんは「漢字と平仮名がありながら、なぜカタカナを日常的に、乱暴なまでに使うことが許されるのか理解できない」という▼話せる英語力を育てるという国の教育方針の下、学校現場はてんてこ舞い。そこには通じない和製英語が迷路をつくる。これ以上変なカタカナ語を増やさないことが肝心だし、最低限の会話ができるようにというのなら、セツの英語は、迷路から抜け出す一つのカギだろう。(裕)

2017年5月26日 無断転載禁止