ゴーストなライター

 普通は死んでからなるものだが、「少し前までは幽霊でした」と話す人に会った。作曲家の新垣隆さん。自称「耳が聞こえない作曲家」のゴースト(幽霊)ライターだった人だ▼事件から3年。今も引っかかりは残る。押しの強い外見と重いテーマ性から「現代のべートーベン」ともてはやされた自称作曲家に、影武者がいたという虚構は、社会が生み出したあだ花ではなかったか▼音楽業界では共同作業は日常茶飯事。代作者は他にもいるらしい。真偽を聞いても新垣さんは受け流すだけだが、ゲーム音楽などは作曲家も驚く「原形をとどめない」使われ方があるという。幽霊を生む土壌は、時代がつくりだしたのだろう▼「作曲者がいて演奏者がアレンジして、聴衆がそれぞれの思いを重ねて聴く。そのトライアングルの中で音楽は変化していい」と新垣さん。即興が得意な音楽家でもあり、もとから音楽思想がまるで違ったのかもしれない▼とはいえ「騒動の原因は私にあります」と、きっぱり非を認めるが、事件後は中傷の渦に引き戻されることもあった。でも「多くの人に背中を押され、音楽を続けられた」。新たな作品を世に問うことで再起を図ろうとしている▼松江では地元在住のバイオリニスト辺見康孝さんと3年ぶりに共演。「文化を大切にする松江は好きな街」といい、特にラフカディオ・ハーンに共鳴するという。「だってあの人も、(代表作の一つが)幽霊でしょ」。会場を沸かせたひと言に、ピリ辛の隠し味がきいていた。(裕)

2017年6月14日 無断転載禁止