石見銀山 たんけん隊 <6時間目>

 世界遺産(いさん)に登録されているのは銀山だけではないよ。今日は銀が運ばれた道や港について学ぼう。

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銀を運んだ2本のルート

貨幣(かへい) (中村俊郎(としろう)氏所蔵(しょぞう))
 しおり 石見(いわみ)銀山で採(と)れた銀はその後どうなるの?

 先生 近くの港に運び出されたんだ。銀山と、銀鉱石(ぎんこうせき)や銀を運ぶ港や港町を結ぶ道を「銀の道」と呼(よ)ぶよ。道や港、港町は今でも大切に保存(ほぞん)されていて、銀山の価値(かち)を示(しめ)す遺跡(いせき)として世界遺産に登録されているよ。

 さとる なるほど。銀山だけじゃなくて、銀が運ばれる過程(かてい)も大切なんだね。

 先生 そうだよ。「銀の道」には2本のルートがあるんだ。一つは鞆ケ浦(ともがうら)道。銀山発見直後の16世紀前半は質(しつ)のいい銀鉱石を選んで、銀山から約7キロの鞆ケ浦港(大田(おおだ)市仁摩(にま)町)に運んだよ。

 さとる 銀鉱石を運ぶのってとても重そう。

 先生 だから海までの最短ルートが選ばれたんだ。

 しおり 銀鉱石から銀を取り出す「灰吹法(はいふきほう)」が伝わって、どうなったの?

 先生 製錬(せいれん)した銀は銀山の町で貨幣(かへい)=写真=に加工され、住人が品物を買うために使ったんだ。

 さとる 銀山に住む人は何を買ったの?

 先生 産銀量が増(ふ)えるにつれて労働者も多くなり、銀山の人口は激増(げきぞう)した。でも、銀山にはほとんど農地がなかったから、商人からお米などの食料を買い入れたんだ。たくさんの食料を仕入れるためには大きな港町が必要で、50隻(せき)の船を留(と)めることができた温泉津(ゆのつ)港(大田市温泉津町)に拠点(きょてん)が移(うつ)ったよ。

 しおり その港への道がもう一つの「銀の道」ね。

 先生 銀山から全長約12キロの温泉津沖泊(おきどまり)道だよ。食料の他にも銀山で使われる鉛(なまり)や炭を積んだ船もたくさん入ってきたんだ。

 さとる 銀山から港へ向けて、最初は銀鉱石が運ばれていた道が、銀山で使われた銀貨幣が流れる道に変わっていったのか。

 しおり 「銀の道」は重要な役割(やくわり)を果たしていたのね。


 =もっと知りたい= 温泉津ってどんなところ?

 漢字の通り、温泉(おんせん)のある津(つ)(港)という意味だよ。7世紀にタヌキが温泉で傷(きず)を癒(い)やしたのを僧(そう)が見て発見したという伝説があるんだ。今でも温泉には多くの人が訪(おとず)れるよ。

 ・石見銀山資料館(しりょうかん)学芸員・藤原雄高(ふじはらゆたか)

2017年6月14日 無断転載禁止

こども新聞