世事抄録 眠っていた宝

 子供たちの成長、家族のさまざまな出来事を残そうと、ビデオカメラを使い始めたのは32年前。今のカメラは5代目、すっかり小型化し、映像は格段に美しくなった。編集した映像は「自己満足の棚」に収め、ひもとくことはめったにない。

 それがゴールデンウイークに帰省した娘2人が昔の映像を見ようと言い出し、家族鑑賞会となった。選んだのは10年前の夏。がんの手術を終えた私を見舞いに義弟夫婦と88歳の義母が鹿児島から浜田を訪れ、帰省した長女、次女夫婦と当時2歳の孫とのだんらんの様子だった。

 画面の中心では上半身裸の孫が曽祖母である義母の膝上でキャッキャと笑っている。かいがいしく働く娘たち、ビールで顔を赤らめた男性陣、静かに見守る自分。撮影者は妻らしい。孫は英語塾で覚えたての「センキュー」「(イ)エス、アイドゥ」を連発、皆の笑いを誘っている。

 画面の自分に「俺の黒歴史」と顔をそむける孫は小学6年生。娘たちは今や、良き相談相手となった。当時は年を嘆いていたわれら夫婦の容姿、今見れば何と若いことか。義母は2年前にも浜田を訪れた。娘である妻の見舞いであった。98歳、健在である。

 鮮明によみがえった記憶、その時を共にした人々、喜びと懐かしさに心が震えた。「自己満足の棚」には、生きた証しがまだ多数、眠っている。

  (浜田市・清造)

2017年6月22日 無断転載禁止