踏み間違えないように

 3年半前だったと思う。特定秘密保護法が成立した直後の小欄で〈「共謀罪」の新設も調理場で出番を待っている〉と書いたが、やはりその通りになった▼今の「選挙民主主義」では、国民の多数が望んだ政権、国会が決めたことは、主権者である国民が決めたことになる。運用や将来への不安を含め主権者の一人として責任を共有せざるを得ない▼「テロ対策」をうたい、犯罪の計画段階で罰する改正組織犯罪処罰法は、戦前の治安維持法とよく対比される。同法は、松江出身の若槻礼次郎が首相になる前に内務大臣として担当した。新聞の強い反対で前に廃案になった過激社会運動取締法案が下敷きだった▼関東大震災や普通選挙法の審議も影響したようだ。若槻の回顧録によると、狙いは共産主義対策で、どうにも解釈できる字句は削り「国体の変更」と「私有財産の否認」だけを取り締まるよう自ら巻き紙に条文案を書いて話をまとめたという▼しかし、3年後には若槻の手の届かないところで最高刑は死刑と罰則が強化され、宗教団体などの弾圧にも使われた。さらに日米開戦直前の全部改正で、政府批判を幅広く取り締まるようになり、平和主義者だった若槻は「言論の自由の束縛」に憤慨したことを記している▼「警官は泥棒を捕えるためではなしに、良民を捕えるためのものになった」。終戦を見ずに他界した言論人の清沢洌(きよし)は1943年11月8日の日記に、こう書き残した。ブレーキとアクセルを踏み間違えないようにしたい。(己)

2017年6月25日 無断転載禁止