石見銀山 たんけん隊 <8時間目>

 今日は仙ノ山(せんのやま)の中腹(ちゅうふく)にある本谷(ほんだに)地区に出掛(でか)けよう。ここには石見(いわみ)銀山の繁栄(はんえい)を象徴(しょうちょう)する遺構(いこう)があるよ。

    ※      ※    

釜屋間歩の遺構=大田市大森町、仙ノ山
繁栄(はんえい)を象徴(しょうちょう)する遺構(いこう)二つ

 先生 今日は石見銀山を代表する間歩(まぶ)の一つ「釜屋間歩(かまやまぶ)」と、謎(なぞ)の巨大(きょだい)な岩盤(がんばん)遺構を見に行こう。

 さとる 謎? なんだかわくわくする。先生、遺構って何?

 先生 昔の人が住んだ建物など、暮(く)らしの跡(あと)が残っているところのことだよ。

 しおり わっ! 大きな岩盤。ここが釜屋間歩ね。

精錬施設の遺構=大田市大森町、仙ノ山
 先生 釜屋間歩は産銀量が最盛(さいせい)期となった江戸(えど)時代前期に開発され、年間3600貫目(かんめ)(約13.5トン)の銀を税金(ぜいきん)として幕府(ばくふ)に納(おさ)めたとされているんだ。銀鉱石(ぎんこうせき)を掘(ほ)り当てた安原伝兵衛(やすはらでんべえ)は1603(慶長(けいちょう)8)年、徳川家康(とくがわいえやす)に功績(こうせき)を認(みと)められ、褒美(ほうび)として羽織(はおり)と扇子(せんす)を授(さず)かっているよ。

 さとる 間歩の隣(となり)に石段(いしだん)があるよ。何かな?

 先生 石段の奥(おく)にあるのが謎の岩盤遺構なんだ。

 しおり こんな大きい岩盤見たことないわ。

 先生 高さが約20メートルもあるんだ。石段の上にはお祈(いの)りのための石碑(せきひ)があったと考えられているよ。2003年に、山肌(やまはだ)の草木を取ったところ突如現(とつじょあらわ)れたんだ。

 さとる たったの14年前なの。大発見だね。

 先生 さて、ここは何をしていた場所でしょう? 一緒(いっしょ)に考えてみよう。

 しおり 岩盤にはテラスのような平らな場所が3段あるわ。硬(かた)そうなのに溝(みぞ)や水たまりも造(つく)られている。

 先生 溝は雨水を導(みちび)いて流すためのもので、水たまりにつながっていたんだ。

 さとる 水を使うってことは製錬(せいれん)する場所かな。

 先生 正解(せいかい)。その水たまりの中で銀鉱石とそれ以外の石を、重さの違(ちが)いで分ける作業が行われていたよ。

 しおり 山の中だからこそ貴重(きちょう)な水を大切に使っていたのね。

 さとる こうやって銀山の謎がどんどん明らかになるとおもしろいね。

=もっと知りたい= 安原伝兵衛ってどんな人?

 備中国(びっちゅうのくに)(現在(げんざい)の岡山(おかやま)県)出身の山師(やまし)(=間歩の経営(けいえい)者)。仙ノ山にある清水(せいすい)寺の観音菩薩(かんのんぼさつ)から「銀の釜(かま)」を授(さず)かる夢(ゆめ)を見て、釜屋間歩を発見したという説話もあるよ。

・石見銀山資料館(しりょうかん)学芸員・藤原雄高(ふじはらゆたか)

2017年7月12日 無断転載禁止

こども新聞