失敗だったフーテンの寅さん

 日本映画の大御所が顔を合わせ、黒沢明監督が山田洋次監督に言った。「映画は窯変と同じ。焼き上がるまで分からない」。窯変は陶磁器を焼く窯の中の化学変化。国宝級の傑作になることも、またその逆もある▼山田監督は思い当たった。「男はつらいよ」フーテンの寅さんの1作目、「人気者の渥美清で面白いものを作ろうと意気込んだが、クランクアップしたら随分まじめなものを作ってしまった、失敗した」と思ったからだ▼寅さんは怒鳴るし、さくら(倍賞千恵子)は泣くし、近所の人はハラハラしながら振り回されるし。ギャグは「見上げたもんだよ屋根屋のふんどし」「結構毛だらけ猫灰だらけ」など、寅さんの啖呵売(たんかばい)の口上と乱暴な捨て台詞(ぜりふ)ぐらい▼「ところが観客が笑うんです。フイルムを編集すると魔法が起きたようだった」。監督も意図せぬ窯変が新しい笑いを生み、日本映画に文化財級のシリーズが誕生した▼当時はヤクザ映画の全盛期。ヤクザ風でも根は善人の寅さんは薄幸のマドンナに恋し、幸せにあと一歩手が届かない。顔で笑って心で泣いての「泣き笑い」。仁義なきとまでは言わないが、貧しさや満たされない庶民の日常を飾らずに受け止めたから成功したのだと思う▼今の世も不安や格差にあふれているが、計算ずくめの企画が過ぎるのか、映画人に思いが足りないのか、アニメを除くと印象に残る日本映画が少ない。寅さんの名台詞は「それを言っちゃあおしまいよ」。でも、言いたい。日本映画、頑張れ。(裕)

2017年7月24日 無断転載禁止