十分伝わったのか

 料理のおいしさを人に伝えるのは難しい。テレビで定番になった食べ歩き番組を見ていると、そう思う。おいしさやきれいさは個人の主観に左右され、人によって異なる。単に「うまい」「おいしい」を繰り返すだけでは、十分に伝わらない▼そこでリポーターの演技力や表現力が重要になる。素材の鮮度や食感、味加減の特徴をどう言い表すか。さらに表情や食べっぷりを含めて工夫を凝らす。それでも、見る側が連日の肉料理で食傷気味なら、焼き肉のリポートから伝わるおいしさは半減する▼加計学園の問題を巡り2日間行われた国会の閉会中審査が終わった。白黒がはっきりするとは思っていなかったが、予想通り水掛け論の域を出なかった。これで国民が抱く不信感をぬぐうような誠実さが、安倍首相の言葉や表情、態度から十分に伝わったのだろうか▼そもそも一連の問題の根っこにあるのは、依怙贔屓(えこひいき)や公私混同に映ったり、周囲の忖度(そんたく)が目に余るほど傲慢(ごうまん)になったりしていないかとの疑念。「李下(りか)に冠を正さず」の姿勢さえあれば起きなかった問題が大半だ▼都会のサラリーマンは、満員電車では痴漢と疑われないように両手の位置にも気を配るという。冤罪(えんざい)の立証が難しいからだ。その努力に比べると、常に国民の視線を忖度した対応を心掛けるくらい難しくはないはず▼おいしさと同様に、誠実さも受け止め方には個人差がある。どこまで伝わったのか分からない。誠実さを立証していく責任は、首相自身が果たすしかない。(己)

2017年7月26日 無断転載禁止