世事抄録 平和な日本へ

 生活つづり方運動に携わっていた祖父(当時51歳)は車中で拘束され、児童との別れのあいさつもしないまま退職させられた。約1カ月の拘留を受けて釈放されたが、その間彼は何回か自殺の誘惑にかられたという。

 治安維持法違反容疑は家族縁者にも火の粉が降りかかった。「スパイだ」「赤だ」の流言が広まり、世間には白い目で見られた。父は他県にいて良かったが、叔父、叔母は学校に行きたくないと言いだした。末っ子の叔母にいたっては学校教育への道が閉ざされてしまった。学習意欲旺盛な人だっただけに今も残念でならない。以上は約75年前のことで、祖父の子ども4人とも鬼籍に入っている。

 丁重に葬り去られていると思っていた教育勅語が復活したり、特定秘密保護法、安保法制(戦争法)とともに天下の悪法であった治安維持法の兄弟のような共謀罪がにわかに浮上する時代にさしかかっている。現代ではとうていありえないと思っていたことが、がぜん現実味を帯びるなど将来の見通せない世の中になっている。

 平和な日本を築いてゆくためには、まず政治に立憲主義と民主主義を取り戻し、国民一人一人が個人的な立場や政党支持を乗り越えて結束してゆかねばならない。今はまさに正念場である。

 (鳥取県大山町・伯耆のウリボウ)

2017年7月27日 無断転載禁止