竹島を考える/「境界」の問題なのか

日本安全保障戦略研究所研究員 藤井 賢二

 2015年11月21日付の韓国の新聞(中央日報日本語電子版)に、日本の古地図を示して竹島は韓国領だと主張した記事が載った。

 「江戸時代の有名な地理学者・林子平が製作した1802年版『大三国之図』」には、「黄色で塗られた朝鮮国の右側の海に鬱陵島と独島を並べ、同じ色を塗って両島を朝鮮領土に含めている。大きな島には当時の日本の鬱陵島の呼称である「竹嶋」、小さな島には当時の独島の呼称だった「松嶋」が表記されていて、その隣に「朝鮮のもの(朝鮮ノ持之)」という説明までついている」というのである=写真参照。

 「大三国之図」は林子平死後、加筆・修正したものである。鬱陵島らしきものが二つあり、「松嶋」は本当に現在の竹島なのかといった疑問もあり、この記事はそのまま信用できない。「大三国之図」については、舩杉力修氏が『島嶼(とうしょ)研究ジャーナル』最新号で詳しく検討している。

 先日、この記事を目にした友人が「真偽や解釈のほどは、どんなものなんですか」と問い合わせてきた。林子平の地図は幕府公認の地図ではなく、内容も「間違った絵図」として著者が処罰されたこと。領土問題を解決するための資料であるためには、国家の意思表明であることが必要であるのに、林子平の地図はそのようなものではない。この「大三国之図」も同じだと答えた。

 友人は、「しかし、林子平がそのように誤りであっても認識していたほど、微妙な境界の問題であったとも言えるのでしょうか。だからこそ、現在まで引きずっているということですよね」と、竹島が日本と朝鮮の境界にあったことが重要ではないかと返信があった。

 私は、竹島は「日本人にとっては「微妙な境界の問題」であったかもしれないが、朝鮮人にとっては、そのような意識すらない「境界」外の世界にあった」「日本にある17世紀の米子の大谷(おおや)・村川家の竹島経営の記録、竹島の知見、江戸幕府がそれを認めていたこと、それらに相当するものは当時の朝鮮には一切ない」と説明した。朝鮮の「境界」はせいぜい鬱陵島であって、竹島が二つの岩島からなっている程度の情報すら朝鮮人が知っていたという話を聞いたことはない。

 領土問題はポーカーゲームのような持ち札の強さ比べだという例えを紹介した。ところが、竹島問題は韓国の持っている札は弱すぎて(無さすぎて)勝負にならない。だから韓国は日本の持ち札には自分の有利になるものはないかを探そうとする。

 その一つが、日本の資料の中に「日本人は竹島が日本の領土ではないのを知っていた(時には朝鮮領と考えていた)」ことを見つける作業である。「大三国之図」もこれにあたる。

 しかし、韓国が竹島を自分たちの領土であると主張するためには、彼ら自身の強い持ち札(正確に知っていたこと、他国から抗議されずに経営していたこと、そして政府がそれを認めていたこと)を示さねばならない。韓国は日本の持ち札のあら探しをするよりも、自分の持ち札を出すべきなのだ。

 私の説明に、友人は納得してくれた様子だった。

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 ふじい・けんじ 島根県吉賀町出身。島根県竹島問題研究顧問。

2017年8月13日 無断転載禁止