世界と日本のつながり

 出張先のインドネシアのジャカルタで掘り出し物を手に入れたことがある。1700年代の年号と「VOC」のロゴが刻印された銀貨と銅貨▼VOCはオランダの東インド会社の略称。大航海時代、欧州からアジアの海に進出したオランダは、貿易で日本に砂糖や織物などをもたらし、代価として銀と銅を手に入れた▼東西のダイナミックな交流を生み出す原動力の一つが、石見銀山(大田市)だった。世界遺産登録10周年を記念し、出雲市の島根県立古代出雲歴史博物館と大田市の石見銀山資料館で開催中の展覧会で、果たした役割が紹介されている▼あらためて石見銀山の実力に驚く。豊かな鉱脈を掘り当てた安原伝兵衛が徳川家康に献上した銀は13.5トンで、米に置き換えると67万石。百万石の加賀国の税収52万石を上回る。石見や佐渡で銀が大量に採れた日本は、空前の経済発展を迎え、豪華な文化が花開いた▼一方、交易で流入した物が江戸時代、地域に伝わり平和で豊かな社会が築かれた。一例が薬用人参(にんじん)だ。朝鮮半島から人参を買うための良質な銀貨が石見で造られた後、8代将軍・徳川吉宗が国産化を推奨。松江藩が栽培に成功し、高価な輸入品が輸出品に転じ、松江藩のドル箱となった▼長崎の出島にはオランダ商館が置かれ、中国人の唐人町もあった。銀を通じて日本が世界とつながったことで医学などの科学技術やものづくりが発展した。江戸時代の日本は鎖国で閉じられていたのではなく、開かれていた実像に思いをはせる。(道)

2017年8月14日 無断転載禁止