リー将軍と寛容の国

 二十数年も前になるが、アメリカ南部の取材旅行中、頼みもしないのに南軍のリー将軍の銅像に案内された。大柄な白人運転手は「南北戦争で南軍が勝っていたらこの辺りが首都だ」と、自慢げだった▼その取材で聞いた逸話。ある時日本の男と南部生まれの男が酒場で口論となり、日本人がののしるつもりで「ヤンキーゴーホーム」というと、相手は「おれもヤンキーは大嫌いさ」と、喧嘩(けんか)にならなかったという。大国の多様性とおおらかさだ▼ヤンキーは日本では不良のことだが海外では米国人そのものを言い、米国内では北部の白人を指す。代表は北軍を率いたリンカーンだろう。北部の産業のために奴隷制に反対した共和党の政治家だ。一方のリー将軍は奴隷制を認めた▼そのころ南部が地盤の民主党は奴隷制容認の保守強硬派だったが、移民を受け入れリベラル化し、取り残された南部は共和党の地盤となる。そんな歴史を知るほどに、最近のリー将軍の銅像撤去騒動は理解が難しくなる▼移民排斥、白人至上主義のシンボルに祭り上げ銅像を壊すグループと、それに反対する過激なグループ。南北戦争という内戦の悲劇を刻むモニュメントとして、異質さを包み込む寛容の中に立っていたはずの将軍像が哀れに思える▼アメリカ人とは何か、移民とは何か、そもそもネーティブアメリカン以外はみんな移民ではなかったか。寛容を見失ったような大国と、それに経済、外交、安全保障で寄り掛かる日本に、心もとなさを感じずにはいられない。(裕)

2017年8月23日 無断転載禁止