花火には使い方がある

 北朝鮮が29日、発射したミサイルは、北海道の襟裳岬上空を通過して落ちた。グアム沖への予告飛行ルートにあった島根県内では、心配するなという方が無理な話。自然の暑さが和らぐ季節に、爽やかならざる朝の空だった▼北海道では公共交通が止まり、防災無線で「上空通過」を聞いた道民には「びっくりした。逃げろと言われてもどこに逃げればいいのか」と戸惑う声ばかり。それもそうだろう。「襟裳の夏」は「何もない夏」とはならず、ただただ気の毒な話だった▼政府の国家安全保障会議(NSC)が招集され首都は緊張。ニュースはミサイル一色で、テレビは「電波ジャック」の様相に。たった1発で他国の政府機能を動かし、社会に影響を与える。こういうのを、「悪乗りただ乗り」の政治宣伝という▼剣呑(けんのん)さは増すばかりだ。今回は中距離ミサイルだったが、早晩アメリカ本土に届くようなら、多くは静観中の米国民を刺激する。今回は事前通告もなく、だんだん横暴の度合いは増している▼北朝鮮の指導者にはミサイルは威嚇の花火程度にしか思えないかもしれないが、花火の使い方が間違っている。江戸・両国の花火は、日本で最古の歴史を持つが、8代将軍吉宗が大飢餓の餓死者と病死者を慰霊するために始めたものだ▼ミサイルをいくら撃っても世界が歩み寄ることはない。そんな無駄弾を撃ち続けるのをさっさとやめて、飢えた自国民に腹いっぱい食わせ、本物の花火でも見せたらどうか。花火には正しい使い方がある。(裕)

2017年8月30日 無断転載禁止