世事抄録 あの夏の記憶

 「あの」が付き、記憶に鮮明に残る夏はそうはない。40年以上過ぎた「あの夏」を今でも時々思い出す。あの夏、サークルの合宿で岐阜県高山市を訪ねた。家庭に恵まれない養護施設の子供たちを「インディアン・キャンプ」に招待するためだった。

 25人の小中学生は、アパッチ、コマンチ、スーに分かれ、羽飾りと腰布でインディアンになり切った。「ハオー!」のあいさつで朝が始まり、太鼓を打ち鳴らした火祭まで野趣あふれるプログラムをふんだんに盛り込んだ。子供たちはインディアンになった気分でゲームに炊飯に2泊3日を存分に楽しみ、別れるときはいつまでも「さようなら」の声が山間にこだました。

 その準備で施設を訪ねた時、ショックを受けた出来事があった。就学前の子供たちにせがまれて近所の公園まで連れて行った。ブランコを押してやっていると、一人の男の子が隣の子を指さして、「この子のお母ちゃんは、男を作って家に火を付けて逃げた」と言った。言われた子は否定したが、やり取りに愕然(がくぜん)とし、子供たちが抱える荷物の重さを垣間見てしまった。

 その後も交流が続き、1年後には再び施設を訪ねた。子供たちの何が分かったわけでもなかったが、「あの夏」は鮮烈に心に残る。50を過ぎているだろうあの子たちは今どうしているのだろうか。

(出雲市・呑舟)

2017年9月7日 無断転載禁止