(96)信行庵(江津)

信行庵で法要を営む地域住民ら=2016年12月14日
寺坂吉右衛門の墓安置

 江津市黒松町のJR黒松駅近くの高台にある信(しん)行庵(ぎょうあん)には、赤穂浪士四十七士のうち、唯一生き残った寺坂吉右衛門の墓が安置されている。信行庵には毎年、県内外から多くの歴史ファンが墓参りに訪れている。

 寺坂は吉良邸討ち入りの後、大石内蔵助から本懐を遂げたことを報告する使者を命じられ、生き延びたとされている。寺坂は諸国を遍歴し、遺族らを訪ねて仇討ちの成功を報告し、義士の冥福を祈ったという。

 一説に寺坂の母は、敬川村(現江津市敬川町)の郷士の娘と伝わる。地元の伝承によると、寺坂は諸国遍歴の折、黒松町に庵(いおり)を結んで一時過ごしたという。その後、江戸で83歳で亡くなり、黒松町にも分骨され、墓が建てられたとされる。

 現在の信行庵は、1969年に清水大師寺(大田市温泉津町)の住職らが老朽化した墓を改め、再建した。

 赤穂浪士討ち入りの日の毎年12月14日には、地域住民らによって法要が営まれている。昨年の法要には約30人が参列し、清水大師寺住職のお経に合わせて一人ずつ焼香し、墓前で手を合わせた。

2017年9月7日 無断転載禁止