被爆2世・沖西さん(広島在住)講話 原爆の恐ろしさ まざまざ

大津小の6年生に長崎原爆について話す沖西慶子さん(右端)
 被爆2世の沖西慶子さん(52)=広島市在住=が12日、長崎原爆で被爆した母素子さん(82)の体験を伝える講話を、島根県出雲市大津町の大津小学校で行った。慶子さんは、長崎市の事業で、被爆の体験や思いを次世代に伝える「家族・交流証言者」として活動しており、6年生90人は平和の尊さや、原爆や戦争の恐ろしさを継承する大切さを学んだ。

 被爆者が高齢化する中、被爆者から体験を聞き取った家族らを対象にした「家族・交流証言者」事業は、長崎市が2014年度に始めた。出雲市が派遣を要請し、県内で初めて行った。

 慶子さんは写真や絵を見せながら、原爆が投下された1945年8月9日の午前11時2分の出来事などを説明した。「裏山から飛行機の音が聞こえ、家の中に逃げ込み、しばらくすると青白い光が『ピカッ』と光り、『ドーン』と大きな音がした」「外に出ると、建物の窓ガラスが割れ、辺りの小屋がつぶれていた」など、素子さんから聞いた当時の様子を語った。

 爆心地周辺は地上の温度が3千~4千度になった原爆の威力や、生き残った人が今も放射線の影響で白血病やがんなどに苦しんでいることも伝えた。「原爆は生きたいという意志を無理やり断ち切ってしまうだけでなく、生活や未来も変えてしまう。今も続く苦しみを自分のこととして考えてほしい」と呼び掛けた。

 福田瑚奈君(11)は「戦争の恐ろしさを感じた。この悲惨なことを僕たちが伝えていかないといけないと思った」と話した。

 同日、中部小(出雲市斐川町直江)でもあり、6年生61人が聴講した。

2017年9月13日 無断転載禁止