(97)染羽天石勝神社(益田)

国の重要文化財に指定されている染羽天石勝神社本殿
益田氏が崇敬流造特色

 益田市染羽町の染羽天(あめの)石勝(いわかつ)神社(小川喜直宮司)は725(神亀2)年の創建と伝えられ、天石勝命を主祭神とする。古くから開拓、勝利の神として知られ、中世に益田を治め、神社近くの七尾山に七尾城を構えた豪族・益田氏の厚い崇敬を受けた。

 本殿は1581(天正9)年に焼失したため、益田氏第19代当主藤兼が後見、20代元祥(もとよし)が大檀那(おおだんな)となって再建に当たり、83年に現在の本殿が完成した。本殿は、1937年に解体修理されている。

 三間社流造(さんげんしゃながれづくり)で朱塗り。華麗な建築様式や、彫刻、彩色を施した蟇股(かえるまた)は、桃山時代の特色を今に伝え、国の重要文化財に指定されている。屋根は日本古来の檜皮葺(ひわだぶき)で、1999年にふき替えを行った。

 本殿に隣接して、染羽の氏神である大元神社が立つ。大元神社の石段を上がると真横から、天石勝神社の本殿を見ることができ、屋根が長く伸びた流造の特徴がよく分かる。

 小川宮司(43)は「流線型の屋根は魅力的で、社殿の豊かな極彩色とともに、近辺に例を見ない」と語る。

 境内には、かつて自然崇拝の対象であったと伝わる「注連岩(しめいわ)」と呼ばれる一枚岩の断崖や、1586(天正14)年に建立され、素焼きの瓦と益田氏の家紋が目を引く拝殿などがあり、往時の繁栄をしのばせる。

 近年は御朱印神社として注目を集め、広島県や山口県など県外からの参拝客が増えたという。

 小川宮司は「歴史を物語る境内で、往時に思いをはせてほしい」と話す。

2017年9月21日 無断転載禁止