「秋分の日」は…

 彼岸の中日にあたる「秋分の日」を迎えた。「暑さ寒さも彼岸まで」というが朝晩はもう肌寒いくらいだ。これから日ごとに秋が深まっていく。墓参りをして「おはぎ」をいただこう▼実はこの「おはぎ」と「ぼたもち」の呼称を巡っては諸説ある。一般には、小豆あんを使ったものを季節の花の形や色に例えて、春の彼岸は「牡丹餅(ぼたもち)」、秋は「萩の餅」と呼んだからだとされる。他にも、黄粉(きなこ)や胡麻(ごま)などまぶす食材や、米の種類とつき具合、「こしあん」か「粒あん」かなど、地域や時代で異なるようだ▼赤飯にも使われる小豆は、古来その赤い色に魔よけの意味があったらしいし、砂糖が一般に普及する江戸後期までは塩あんもあったという。それでも当時、砂糖は高級品。今の価格にすると1キロが3千円近くと、米の6倍以上もしたそうだ。ハレの日のお供え、御馳走(ごちそう)だったに違いない▼呼び名のもとになった牡(ぼ)丹(たん)も萩も、昔から季節を象徴する花で、花札でもおなじみだ。特に萩は『万葉集』では、梅や桜をしのぎ一番多く出てくる。空想が膨らむ秋の夜長に格好の小花なのだろうか。芭蕉にも「一家(ひとつや)に遊女も寝たり萩と月」の句がある▼忘れがちなので念を押すと、祝日「秋分の日」の趣旨は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」こと。彼岸明けの26日が命日の「八雲忌」になるラフカディオ・ハーンも、日本の社会は「祖先崇拝」が基盤になっていると感じていた▼秋の彼岸は、祖先に思いを巡らし、ハーンをしのぶ機会でもある。(己)

2017年9月23日 無断転載禁止