憶良と家持

 <世間(よのなか)を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば>。奈良時代に伯耆守を務めた万葉歌人・山上憶良が「貧窮問答歌」の結びに置いた歌である。生きる以上、世の中の苦しみから逃れられない、つらくても生きていく、という決意がのぞく▼憶良の歌を味わう講座で、鳥取看護大の土居裕美子教授(日本語史)の解説を聞き、共感を覚えた。辞世の歌は<士(おのこ)やも空(むな)しかるべき万代(よろづよ)に語り継ぐべき名は立てずして>。一見、未練に思えるが、名を立て、生き切った自負がにじむ歌だという。人生の苦悩に向き合った憶良らしい▼貧窮問答歌は「寒い」という言葉が頻繁にあり、伯耆国赴任中に体験した寒さが反映されているそうだ。鳥取の厳しい冬は高級官吏にも庶民の貧困を切実に感じさせたに違いない▼同時代に因幡守を務めた大伴家持と対比させると、憶良の人生観が際立つ。<新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重(し)け吉(よ)事(ごと)>と、家持が因幡国で詠んだ歌は、名門大伴氏のリーダーながら新興勢力藤原氏によって左遷させられたわが身を嘆き、「良いことがあってほしい」と願ったものとされる▼家持は若い頃、憶良を意識して<丈夫(ますらお)は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね>と詠んだが、こちらは名声を得たい願望を素直に表したものだろう▼同じ鳥取の冬に、人生のつらさを感じつつ、立ち向かう気概を持った憶良と、不遇を嘆いた家持。「飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」と達観した憶良の方を見習いたい。(志)

2017年9月26日 無断転載禁止