世事抄録 ネクタイ

 10月1日は「ネクタイの日」だそうだ。最初に手にしたのは大学卒業の直前、卒業式用だった。おしゃれとは無縁の4年間。勇を鼓してデパートへ行き、何となく紺地に白い錨(いかり)柄のネクタイを選んだ。水産学部にいたからだ。ゼミ仲間には「ダサい」と一蹴された。

 さて購入したはいいが、今度は締め方がわからない。教えてもらおうと常に海水パンツ姿の友人の部屋に行ったが、結局共に悪戦苦闘。破れ障子の部屋で首を絞めあう男2人の姿に壁の吉永小百合も苦笑いしたことだろう。

 卒業式当日、人生で初めての正装は気分爽快だった。しかし、列席した母は、角刈りにグリーン系のスーツ、紺の錨柄ネクタイという息子のファッションセンスのなさを嘆いたという。

 ネクタイで始まりネクタイで終わる1日は40年も続いた。出勤前、首もとをキュッと締めて自分を鼓舞し、帰宅して緩めるこの解放感が好きだった。例の海水パンツ氏は卒業後、製薬会社でスーツとネクタイで営業マンとして活躍した。

 定年退職後、無聊(ぶりょう)の慰めに短歌を始めた。初めて新聞に載ったのは、バス停でネクタイ姿の男性を見かけた時の気持ちを詠んだものだった。つるされたままのネクタイたちに未来はないが、手にすると着用時の情景がよみがえる。生きてきた証し。いまだ捨てられずにいるゆえんである。

(浜田市・清造)

2017年10月5日 無断転載禁止