閻魔大王と博打

 狂言師の野村萬斎さんらが得意とした演目の一つに「博奕(ばくち)十王(じゅうおう)」がある。閻魔(えんま)大王は地獄へ送るかどうかを裁くために亡者を待ち構えていると博打(ばくち)打ちがやってくる▼「博打は悪行、地獄行きだ」と断じる閻魔に対し、博打打ちは「単なる遊び」と言葉巧みにサイコロ勝負に誘い込む。閻魔は負け続け、揚げ句の果てに極楽行きの通行手形をかっさらわれる。文化研究家の有沢真理氏は著書「江戸のギャンブル」で、閻魔もその本分を忘れさせるほどの中毒性を滑稽に表現しているとする▼日本はギャンブル大国である。依存症が疑われるのは約320万人。割合は欧州の数倍で、つぎ込む金額は毎月5.8万円という。過少申告する傾向があり、実態はより深刻だろう▼ギャンブルで身を滅ぼす人は「もうしない」としつつ借金を繰り返す。罪悪感はあってもやめられない。かつて意思の弱さとされてきたが、薬物依存と同じ精神疾患で誰もがなる恐れがある▼カジノ解禁を中心とする統合型リゾート実施法案と、それに伴うギャンブル依存症対策基本法案が、ともに衆院解散で先送りとなった。カジノはインバウンドへの活用が期待されるが、導入で依存症が増える懸念をどうするかは衆院選の争点にするべきだ▼江戸開府時には博打は死罪だった。しかし、太平の世が続くにつれ皮肉にも町人に広く浸透した。根絶が難しいのは歴史が物語る。カジノは外貨獲得の「必要悪」だとしても、規制すべき点は規制できるか。冥府の王が気をもんでいる。(玉)

2017年10月10日 無断転載禁止