実りの秋の選挙戦

 衆院選は第1回の1890(明治23)年に実施されてから今回で48回。年表を眺めると実施された季節に偏りがある。正月(1月)は特別として、田植え(6月)と稲刈り(9月)の農繁期は選挙が少ない▼「1.6・9」月の選挙は2回ずつ。それだけでは根拠としては弱いが、2月は最多の7回、4月と12月がそれぞれ6回で、多い月を並べると「2.4・12」となり、農閑期にうまくはまっている▼では、1.6・9月選挙は特殊なのか。戦後の「新憲法下初の選挙」と「黒い霧解散」総選挙が1月。大平内閣「ハプニング解散」と森内閣「神の国解散」が6月で、「小泉郵政解散」が9月。それぞれ季節を選んでいられない事情があった▼「天下分け目の戦い」と称される衆院選には、戦国時代の慣習が息づいているようだ。戦に農民が駆り出される「兵農一致」の戦国時代、大兵力を動員する戦は農繁期を避けたといわれる▼農作業が機械化され季節は問われなくなったのか、戦後このセオリーが崩れた。「10月選挙」も然(しか)り。吉田内閣「バカヤロー解散」が初回だが、大平内閣、橋本内閣(比例代表制の第1回)と今回の計4回とも戦後の実施だ▼永田町には政局をうわさする「永田町スズメ」という小鳥がいるそうで、ひと月前には「選挙は年末、それを過ぎたら来年2月か」と言っていた。それが急転直下の解散総選挙。「実りの秋」に行ったからには、政治にも国民生活を豊かにする実りを望むことは、ごくごく自然なことだろう。(裕)

2017年10月12日 無断転載禁止