とわれるもの(1)教育

「保育無償化素直に喜べぬ」

 消費税や原発再稼働、経済政策、憲法改正などの在り方が争点となる衆院選。山陰両県の有権者は政治に何を求めているのか。現場を訪ね、課題を探った。

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 「保育の無償化を素直に喜べないんです」。企業の事務代行を手掛ける会社を経営する大川真美さん(39)=松江市福原町=が切り出した。

 安倍晋三首相は、幼児教育・保育の無償化を打ち出した。2020年度までに3~5歳は高所得世帯を含め全て、0~2歳は低所得世帯を対象とする。

 高齢者偏重との指摘があった日本の社会保障。首相は19年10月に予定する消費税率10%への引き上げ分の使途を見直し、一部を国の借金返済ではなく、待機児童解消や高等教育の負担軽減を含めた子育て・教育に充当するとした。対策費は約2兆円に上る見通しだ。

 大川さんは3人の子を育て、3番目の次女(1)を松江市内の保育所に預ける。3人目の保育料を無料とする市の施策で既に恩恵を受けている。

 気掛かりなのは将来負担だ。対策を実施すれば、20年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化する財政健全化目標は達成が難しくなる。「いい点ばかりでなく、将来につけが残るのか負の部分も知らせてほしい。子育て世代も主張を見極めて選択しないといけない」と戒める。

 給付と負担の妥当性や施策の優先度・実効性を説明し、財政再建の道筋をどう描くか。政治には、有権者が選択できる材料を示す責任がある。


待機児童ゼロ先送り

 島根県内の待機児童数は4月時点で松江、出雲両市など都市部を中心に119人に上る。鳥取県は年度当初は0人だが、途中になると中心部で発生する。両県とも保育士の確保が難しいのが一因だ。政府は、17年度末までにゼロにするとした従来目標を20年度末まで先送りした。

 1歳の長男と4カ月の次男を育てる松江市内の会社員女性(27)は9月、約2年ぶりに職場に復帰した。当初は長男を保育所に預け職場に戻る予定だったが、空きがなく、次男が生まれてようやく決まった。

 早期復帰できず、同僚らに迷惑を掛けているとの思いにさいなまれた。会社に待機児童の現状を知らせる資料を示し「申し訳ありません」と頭を下げた。「無償化は保育所に預けることができて、初めて恩恵がある。まず待機児童解消を優先してほしい」と願う。

 松江市内で認定こども園を運営する島根県保育協議会の中山哲夫顧問(66)は、教育格差を助長しかねないと疑問視する。低所得世帯は浮いたお金を生活費に回し、高所得世帯は塾代などに充てる余地が生まれると推察する。「方向性は理解できるが、無償化という言葉だけが先行していないか」と警鐘を鳴らす。


長時間労働すり減る教員

放課後の中学校の職員室。教職員の超過勤務是正が求められている=松江市内
 教育問題を巡っては、無償化以外にも課題が山積している。中でも早急な改善が求められるのは、教員の長時間勤務の解消だ。

 平日、島根県西部の中学校に勤務する30代女性教諭の帰宅時間は午後9時を回る。疲労が蓄積し、いったん腰掛けると立てなくなるほどだ。最近は夕食を食べなくなった。

 特に部活動の負担が大きい。平日は午前5時半に起床し、同7時半の朝練習に帯同する。本来、任意の課外活動だが「生徒のやる気に応えたい」。土、日曜日もほぼ全て練習で唯一、月曜だけが一息つける。

 授業では1~6限まで全て教壇に立つ日がある。部活動が終わり、午後7時からは事務作業をこなす。プリント作りや、国や教育委員会に提出する各種調査への対応を終えると同9時を回る。一日の勤務時間は12時間を超え「本当に毎日がつらい」とこぼす。

 最近では全国学力テストで正答率が低かった問題の分析を求められた。学力底上げとはいえ、100人を超す生徒の答案全てに目を通すのは膨大な作業で「原因を突き止めろと言われても無理だ」と困惑する。

 文部科学省の2016年度の勤務実態調査では、公立中学校教員の57%が「過労死ライン」とされる月平均80時間以上の残業を強いられた。

 一因に「教職員の給与に関する特例法」(給特法)という独自の制度がある。残業代や休日出勤手当を支給しないと定める一方、給与の4%を実質的な超過勤務報酬として支給する。ただ、制定は1971年。超過勤務の解消をはじめ、時代に即した働き方改革は待ったなしだ。


独自に非常勤増員

 教職員の定数は主に学級数や児童生徒の数で算定する。少子化が進む島根は、この5年で小中学校合わせて208人減り、2017年度5081人となった。ただ、貧困やいじめ問題への対応などで現場の負担は増す。松江市内の中学校に勤務する50代女性教諭は「教員が減り、1人の仕事量は増える。ゆとりを持った教育ができなくなる」と嘆く。

 県教育委員会は非常勤講師を独自に増員している。17年度は約450人で、県が手出しする予算は7億円超。中学進学の際にいじめや不登校が増える「中1ギャップ」の解消や特別支援学級の対応が目的だ。小中学校の少人数学級に17年度は9億7千万円をつぎ込むが、学校企画課の堀康弘企画幹は「財政状況が厳しく、できる施策には限界がある」と明かす。


子どもにしわ寄せ

 抜本的な負担軽減を図る有効な手だては教員の増員だ。だが、恒常的な財政支出につながるとして財務省は定数増に慎重だ。

 文部科学省は18年度予算の概算要求で、公立小中学校の教職員数の3800人増を盛り込んだ。働き方改革を進めつつ、小学校高学年で英語教科化を盛り込んだ次期学習指導要領への対応が狙いだ。ただ、少子化で18年度の定数は3千人の自然減で、実質は800人増にすぎない。

 文科省が長時間労働の解消に向けて示した対策は▽登下校の見守りや清掃指導を外部委託する▽給食費の徴収を自治体が行う―など外部に任せて負担軽減を図る内容だ。部活動の外部指導員導入も進めているが、こうした対策だけでは過重労働の解消は難しいとの指摘がある。

 教員の働き方に詳しい明星大の樋口修資教授(教育行政学)は「民間同様、時間外労働に上限を設けて手当を出すよう法改正すべきだが、財源の問題がある。時間外労働分を夏・冬休みで調整する休暇制度を導入してはどうか」と訴える。

 教育の根幹を担う教職員の疲弊は教育の質の低下に直結する。教育無償化という保護者の負担軽減だけでなく、日常業務の思い切った見直しを含め、あらゆる施策で教職員の負担を軽減しなければ、子どもたちがしわ寄せを受ける。

2017年10月12日 無断転載禁止