とわれるもの(4)経済政策

 「仕事あっても人手不足」

 ロボットが高速で動き、次々と鉄の芯に銅線を巻き付けていく。小型モーター製造の松江電装(松江市八幡町、従業員90人)は10月、生産工程の一部を自動化し、月産数量を従来の1・5倍の6万台に増やした。設備の点検に歩く瀧田徹常務(58)は「バブル期には及ばないが、当時の忙しさを思い出す」と話した。

 1977年に操業を始め、滋賀県の親会社を通じ国内の大手家電メーカーに製品を納めてきたが、90年代以降、大手が海外に製造拠点を移し取引が減少。2008年のリーマン・ショックを機に生産量は現在の半分程度に落ち込み、傷口は長らく癒えなかった。

 転機は12年末の第2次安倍政権発足。政権の経済政策「アベノミクス」の三本の矢の一つ、大規模金融緩和による円安進行と法人税減税で、大手が製造拠点の国内回帰に転換。円安はメーカーの輸出拡大にもつながり、需要が復調した松江電装は今回、自動化設備を入れることにした。

 製造業などの生産動向を示す鉱工業生産指数(10年=100)は16年、島根が115・4、鳥取が110・9となり、アベノミクスが始動した13年当時と比べ、それぞれ6・6%、20・7%上昇。政策が狙った、大企業が潤い、それが滴り落ちるように中小企業に行き渡る「トリクルダウン」効果もあるとみられる。

 松江電装もその恩恵の一端にあずかるが、「問題は人手不足」と瀧田常務は表情を曇らせる。設備増強に合わせ派遣社員約20人を昨年末から募集したものの、求人数に達したのは今年9月末。研修の遅れで10月のフル稼働には間に合わず、正社員の残業で帳尻を合わせる。その分、人件費がかさみ「増産できても、当面は利益が伴わない状態」(瀧田常務)だ。

 帝国データバンクの17年調査では、両県企業の4割が社員の不足を訴え、過去10年で最高だった。少子高齢化による生産年齢人口(15~64歳)の減少や、大手の業績回復で県外に人材が流出しているのが要因。有効求人倍率が上昇している背景にはこうした事情があり、アベノミクスの成果としてよく取り上げられる雇用改善の実感は薄い。

 約5年にわたるアベノミクスの評価が争点となる衆院選。島根県中小企業家同友会の小田隆弘代表理事(70)は「仕事はあっても、多くの中小企業が人手不足などの将来不安を抱えている。定住施策などと連動させ、地方経済が成長する政策を求めたい」と訴える。


 将来不安消費足かせに

 「まるで別世界だな」。昨年11月、東京支店を開設した豊島製作所(安来市門生町)の豊嶋悟社長(76)はビルや工場建設のため、あちこちから響くつち音を聞き思った。2020年の東京五輪を控え、首都圏は空前の建設ラッシュに沸いている。

 同社は、工場で使う電気の制御盤などを製造し、企業の設備投資需要が経営に直結する。収益構造はこの5年で大きく変わった。

 エリア別の売上比率は従来、山陰両県とその他地域で半々だったが、現在は3対7。首都圏などでの受注が年々拡大する一方、地元は減少傾向にある。

 都市と地方の投資マインドの温度差について、豊嶋社長は「地元企業の多くは人口減に伴う将来的なマーケットの縮小や人手不足を懸念し、踏み切れないのだろう」と推測した。

 日本政策投資銀行によると、両県企業の17年度の設備投資計画は前年度比31・3%増だったが、地元資本に限ると2・1%減。輸出を伸ばす一部大手誘致企業の投資がけん引し、大半を占める中小零細は先行き懸念から二の足を踏む。


 企業は内部留保へ

 将来への不安は、賃金動向にも表れる。両県の連合によると、17年の賃上げ率は島根1・68%、鳥取1・83%にとどまり、いずれも14年より0・14ポイント低下した。利益を得た企業の多くは、社員への還元ではなく不透明な先行きに備える内部留保に回す。

 出雲市の製造会社の経営者(71)は大手企業との取引が決まり、増収が続いていることから、一時金を上げたが、基本給を底上げするベースアップは見送った。「中小企業は一年一年が勝負。先行きが分からない中では難しい」と吐露した。

 アベノミクスは企業業績の回復で所得を増やし、個人消費を活発化させる「経済の好循環」を描くが、所得が伸びない中で消費は力強さを欠く。16年の月間の家計消費支出(2人以上の世帯)は松江市が前年比4・0%減の27万8千円、鳥取市が8・2%減の25万2千円。消費者の財布のひもは固く、「デフレ脱却」への気配は見えにくい。


サンアイ東出雲店の朝市で安売りの野菜を買い求める消費者。所得は伸びを欠き、節約志向は続いている=松江市東出雲町揖屋
 節約志向強まる

 10月上旬、松江市東出雲町揖屋のスーパー、サンアイ東出雲店では降りしきる雨の中、午前9時の開店前から30人が列をつくった。

 目当ては恒例の朝市。野菜や鮮魚が通常より2~3割安く、特売品も並ぶ。この日はレタス30円、バナナ1房80円で売り出され、来店客が競うように買い求めた。朝市の日の売り上げは通常より2割増といい、佐藤宏行店舗運営部次長(38)は「節約志向が一段と高まっているのを感じる」。

 店内は年金生活の高齢者が目立つ一方、子育て世代の姿も少なくない。野菜を袋いっぱいに詰めた松江市のパート従業員、山本沙織さん(26)は3人の子どもの母親。夫と共働きだが所得は増えず、10キロ離れた自宅から毎週朝市を訪れる。消費税増税分を幼児教育の無償化に充てる与党の公約を「とても助かる」としつつ、浮いたお金の使途は「貯蓄に回す」と言い残し、店を後にした。

 山陰経済経営研究所の永井康之経済調査部長は「(個人や企業の)将来不安の根底には、社会保障や国の借金返済の道筋が不透明なことがある」と指摘する。人々の不安を解消し、経済を活性化するには、目先ではなく、負担を伴ってでも地に足をつけて国を導くビジョンが必要だ。

2017年10月15日 無断転載禁止