とわれるもの(5)社会保障

制度変更「特養入れない」

 出雲市の自宅で夫婦で暮らし、夫(84)を介護する女性(91)が朝、夫を乗せたデイサービスの車を見送った。車が遠ざかると、90度近く曲がった背中をわずかに伸ばし、つぶやいた。

 「本当は特養(特別養護老人ホーム)を利用したいけど、できらんみたい」。女性の不安をかき立てるのは、老後の安心を守るはずの介護保険の歪(ひず)みだ。

 自営業を営んできた夫に認知症の症状が表れたのは2年余り前。夕方、近くのスーパーに車で出掛けたまま帰らず、翌日、米子市内で警察官に発見された。

 以来、トラブルが絶えない。松江市で暮らす息子(51)が数カ月がかりで車の処分を説得。業者に引き取ってもらうと「盗まれた」と激高した。一人で外に出て転倒して血だらけで帰ってきたり、鍋を空だきして火災報知機を鳴らしたりするのは日常茶飯事。それだけに、24時間態勢で見てもらえる特養への入所は、女性にとって切実な願いだ。

 1年半前に入所を申し込んだが、かなっていない。ハードルになっているのは、2015年4月の介護保険制度の変更。特養の入所条件が、従来の「要介護度1~5」から「原則3以上」に厳格化された。夫は「要介護2」だ。

 介護保険外のサービス付き高齢者向け住宅や、有料老人ホームの利用を考えたこともある。ただ、毎月の料金は特養の数倍の15万~20万円前後とされ、国民年金に頼る老夫婦2人が負担するのは難しい。息子も、大学生2人を含め4人を子育て中で経済的な余裕はない。女性にとって、新たな選択肢にはなりそうにない。

 特養入所条件の厳格化は高齢化により入所待機者と保険財政の厳しさが増す中、介護度が高い人の入所を優先する狙いがあった。

 実際、自宅で待機中の島根県内の高齢者は17年1月現在で1786人と15年同月比で26・6%減った。特に「要介護度2以下」は45・5%減の519人と激減したが、今も全体の29%を占める。保険による費用負担が大きい施設介護の利用を抑え、財政悪化を防ぐ代償に、切実なニーズが切り捨てられつつある。

 保険料に目を向けても、介護だけではなく年金、医療も上昇。年金は支給開始年齢の引き上げも進んだ。社会保障の骨格を成す分野で、国民へのしわ寄せが起きている。政治は、大きく揺らぐ社会保障制度をどう立て直すのか。

 「夫の容体が悪化して、特養に入れるようになるのを待つしかないかね」。認知症の夫の介護に悩む女性が、ため息をついた。


報酬削減に事業者悲鳴

改装した古民家でのデイサービス。介護報酬改定により事業者は厳しい経営を強いられている=島根県奥出雲町下横田、デイサービス奥出雲ふるさとの家
 国の社会保障政策に翻弄(ほんろう)されているのは、高齢者たちだけではない。

 「利用者数は変わらず、同じサービスを提供しているのに、収入が1割近く減った」。高齢化率41・1%の島根県奥出雲町で、デイサービスなどの居宅介護事業を展開するブルームの吉川英夫施設長(40)は収支書類に目をやり、嘆いた。

 2005年に同町下横田の古民家を改装しデイサービス施設を開設。12年に同町三成にも同施設を構え、合わせて1日22人の受け入れを可能にした。16年には短期宿泊機能を備えた小規模多機能型施設も設けた。

 落ち着いた雰囲気や職員のきめ細かな対応が評判で、年間の稼働率は8割近くで推移。地域の高齢者福祉の一翼を担ってきた。

 減収の最大の理由は、国が3年ごとに行う介護保険の介護報酬の見直しだ。前回の15年度の改定では、全体で2・27%のマイナスとなり、中でもデイサービスは下げ幅が大きかった。

 同社の収支は一変し、デイサービス収入は8%、月額にして約30万円の減収を強いられた。送迎車の更新先送りなどにより経費を節減したが、17年9月期決算で赤字を初めて計上した。


地域福祉成立せず

 介護報酬に対する吉川施設長の疑問は、懸案の介護士不足の解消策として国が増額している「処遇改善加算」措置にも向く。

 加算の狙いは介護職の給与総額の底上げ。しかし、経費の9割を人件費が占める中、収入の大半を占める基本報酬を削られた影響の方が大きく、結局、一時金を抑えたり、パートの正職員への登用を控えたりせざるを得なくなっている。

 介護報酬は、18年度の改定に向けた議論が進む。吉川施設長は「現場の経営はすでに限界に達している」と強調。「このままでは多くの事業所がつぶれ、地域の高齢者福祉は成り立たなくなる」と訴え、介護サービスを持続的に担えるような報酬の設定を求める。

 ただ、高齢化が進み社会保障財政は厳しさを増している。15年度に年金や医療、介護保険などで支払われた社会保障給付費は114兆8596億円。10年間で26兆円増えた。団塊世代が75歳以上になる「2025年問題」などもあり、このままではさらに膨らむ。

 一方、財源は保険料が54%、税金や国債などが37%を占める。給付費の伸びを保険料と消費税率の引き上げ、国債発行で賄ってきたが、国と地方の借金総額は既に1千兆円を突破。先進国で最悪の水準に陥っており、給付内容を一部縮小・後退させてやりくりしているのが現状だ。


改革の停滞に警鐘

 「年金なんて、私たちの世代はもらえないものと考えている」。今月6日、出雲市の自営業女性(39)が家計相談のため、ファイナンシャルコンサルタント「ココ・DE・プランニング」(出雲市姫原3丁目)を訪れて、口にした。

 2児の母。国民年金の保険料は納めているが、年金給付がなくても困らないよう節約や金融投資を行い、毎年100万円を目標に積み立てを進めている。自身が老後を迎える30年先の社会保障に対する不安と不信は、強くなるばかりだ。

 社会保障制度は、もはや社会の変化やニーズに対応しきれなくなった。島根大法文学部の宮本恭子教授(社会保障論)は、消費税増税と社会保障の充実、財政健全化を一体的に行うとした12年の民主(当時)、自民、公明の「3党合意」を評価。「サービス水準を維持するには相応の負担増は避けられない」と一体改革の停滞に警鐘を鳴らす。

 消費税率を10%に引き上げ、得た財源の一部を借金返済から教育・保育の無償化に回していいか。税率を引き上げずに、必要なサービスの財源をどう確保するか。将来にわたり、安心を担保する答えが見いだせないままでは、社会保障の根幹となる国民の信用を取り戻すのは難しい。

2017年10月16日 無断転載禁止