とわれるもの(6)農業

「来年からもう作らん」

 谷筋の細い道を抜けると、稲刈りを終えた水田がちらほらと姿を見せ始める。島根県飯南町下来島の川尻集落。約1ヘクタールでコメを栽培する木村一登さん(77)は草刈り機を動かす手を止め、力なく語った。「来年からはもう作らんことにした」。

 田植えの準備が一通り終わった今年3月、山仕事で足を滑らせ右足首を骨折。4カ月近く入院することになり、水田の管理を急きょ集落の営農法人に任せた。

 ようやく草刈りができるまで回復したが、足首にはまだ固定金具が入り、朝方は痛む。「治りさえすれば、まだまだ続けられる」との思いでいたが、家族や兄弟から年齢を考えてやめるよう説得された。未練を断ち切るように先月、コンバインと田植機を売り払った。

 農家の高齢化が進み、離農は加速度的に増えている。2015年の農林業センサスで、島根県の農業就業人口は10年と比べ23・1%(7470人)減の2万4801人となり、平均年齢は全国トップの70・6歳。年齢別では50歳未満が全体の5・6%に対し、80歳以上が23・3%を占めるいびつな構成で、減少に歯止めが掛からない。

 木村さんは足のケガがコメ作りをやめる直接的な原因となったが、決断の理由は他にもあった。40年以上続いてきた国による生産調整(減反)が来年から廃止されるのだ。「コメ作りはますます厳しくなる。やめ時かもしれん」とつぶやいた。

 そう語るそばでは、衆院選の候補者ポスターの掲示板のくい打ち作業が始まった。「国は中山間地域農業の現状に目を向けているだろうか」。疑念が頭をよぎる。

 高齢などを理由に耕作されなくなった農地は、受け手がいてこそ守られる。ただ担い手農家も減反廃止による環境変化で、引き受けるだけの余力が奪われようとしている。

 離農する木村さんの農地管理を請け負うことになる、農事組合法人かわしりの熊谷兼樹組合長(61)は「農地を守りきれるかどうか、先が見えん」とこぼす。中山間地域において、農地維持のほころびが顕在化している。


担い手なく衰退危機感

中山間地域の農地維持の厳しい現状について、集落の農家と語る熊谷兼樹組合長(右)=島根県飯南町下来島
 農事組合法人かわしり(島根県飯南町下来島)は高齢などを理由に耕作されなくなった農地を含め集落の計約13ヘクタールを集積し、10ヘクタールでコメを栽培する。昨年から和牛の水田放牧やショウガ栽培に取り組み、かろうじて収支を維持している状況だ。

 そんな中、来年からの減反廃止に伴い、10アール当たり7500円のコメの直接支払い交付金がなくなる。山間部の条件不利地では交付金分を補うだけの収量増は到底見込めず、採算悪化は避けられない。交付金の廃止で生まれる約700億円の財源の行方も見えず、熊谷兼樹組合長(61)は「納得できん」と険しい表情で語った。


耕作放棄地が拡大

 政府は、肥料や農薬といった資材価格の引き下げなどを促す農業競争力強化支援法を8月に施行した。資材が安くなること自体は歓迎だが、そもそも畦畔(けいはん)の草刈りや獣害対策など中山間地域特有のコストは減らしようがない。「平野部と一律ではなく、山間部の実情に沿った施策がなければ、荒廃は止まらない」。熊谷組合長は訴える。

 農地を引き受ける認定農家や営農法人が近くにいるなら、まだいい方だ。島根県内では約3千ある農村集落のうち、約3分の1が営農法人などの担い手が「不在」とされる。

 「10年で全農地の8割を担い手に集積する」という目標を掲げ、国が14年度に始めた農地中間管理事業。島根県は離農者らから担い手に貸し出すため新規に集積した16年度実績が265ヘクタールで、前年度比34・6%減少。年間集積目標に対する達成率は17%にとどまる。

 受け手がないままさまよった農地が行き着く耕作放棄地は、島根県が10年の6629ヘクタールから15年は7065ヘクタールに、鳥取県も3616ヘクタールから3832ヘクタールにそれぞれ拡大している。


集積阻む未相続

 中山間地域では農地集積の足かせとなる新たな問題も顕在化している。

 「探し出しようがない。もう無理だ」。百笑未来(島根県美郷町上野)の生駒繁視社長(70)は、30年以上前の古い団地名簿を手に頭を抱えていた。

 同社は、上野地区周辺の農地集積などを目的に今年1月設立。集積に向け、農地調査を実施したところ、所有者が分からない農地が無数に存在することが判明した。名簿はかつて地区内の山頂付近から集団移転した団地で、記載された30軒のうち、たどり着けたのはわずか8軒だった。

 農林水産省が16年度に実施した調査で、相続時に名義変更が行われず、所有者不明となっている相続未登記農地は農地全体の約2割に上った。島根は1万2670ヘクタールで、農地面積に対する割合が全国8位の29・7%、鳥取も同28・8%で10位と高い。

 相続未登記農地の利用権を担い手に移す場合、相続人の過半の同意を得る必要がある。所有者不明で、既に山林化しているのに農地台帳上は「農地」として残されたままのケースもある。生駒社長は「国が主導して対策を打つほかない。悠長に構えていては未相続の農地がどんどん増えていく」と焦りを募らせる。

 農産物の市場を開放する環太平洋連携協定(TPP)の顛末(てんまつ)や欧州連合との経済連携協定(EPA)など課題は山積する。にもかかわらず、農業政策が議論の俎上(そじょう)に載ることは少ない。16年の農業就業人口が全国で200万人を割り込み、「農業はもう票にならないとみられている」と生駒社長は語気を強める。中山間地域農業が取り残されないためにも、せめて地元候補者の口から訴えを聞きたいと切に願っている。

2017年10月17日 無断転載禁止