石見銀山 たんけん隊 <15時間目>

 地役人(じやくにん)の役割(やくわり)を学んださとるとしおり。今回は地役人たちが住み、働いた町を見に行くことにしたよ。

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身分や職業にかかわらず家々が並ぶ。左側は商人や職人の家で、右側は塀に囲まれた地役人の家=大田市大森町
地役人(じやくにん)、商人らと軒接し生活

 先生 今日は江戸(えど)時代に代官所(だいかんしょ)があった場所に行ってみよう。

 さとる 代官所はどんなところだったの?

 先生 天領(てんりょう)や銀山を支配(しはい)する上で中心となる、今でいう市役所のような場所だったんだ。敷地内(しきちない)には代官や部下の役人が住む家もあったよ。

 しおり ここが代官所が置かれていたところね。入り口には立派(りっぱ)な門があるわ=写真

 先生 門は約200年前、1815(文化12)年に建てられたものなんだ。

 さとる 代官所の建物は残っているの?

 先生 残念ながら建物はないけれど、表門(おもてもん)とそれに続く門長屋(もんながや)が現存(げんぞん)するのは、ここを含(ふく)めて全国に3カ所しかないんだよ。

 さとる 貴重(きちょう)なものなんだね。

 先生 今、敷地内には石見(いわみ)銀山資料(しりょう)館が立っているよ。次は代官所跡(あと)を出て、大森の町を歩いてみよう。

 しおり 地役人はどこに住んでいたの?

 先生 大森の町の中に住んでいたんだ。家の周りに塀(へい)をめぐらして、奥(おく)まったところに家屋が建てられているのが特徴(とくちょう)だよ。

 さとる あれ? 道に面して建てられている家もあるね。

 先生 それは商人や職人(しょくにん)たちが住んでいたところだよ。

 しおり 城下町(じょうかまち)のように身分や職業(しょくぎょう)によって住むエリアを分けず、みんな軒(のき)を接(せっ)して暮(く)らしていたのね。

 さとる 商人たちは代官所とつながりがあったの?

 先生 もちろん。代官所の仕事を代行したり、代官所に用事のある人の滞在(たいざい)先となったりするところもあったよ。江戸時代に最も有力な商家で、国指定の重要文化財(ぶんかざい)になっている熊谷家(くまがいけ)=写真=には地下蔵(ぐら)もあるんだ。

 しおり 代官所の大切な荷物やお金を預(あず)かっていたのね。

 さとる 大森の町並(まちな)みを歩くと、代官所と町に暮らしていた人に深い結びつきがあることが分かるね。

=もっと知りたい= 熊谷家って?

 代官所(だいかんしょ)の仕事を代々担(にな)った商家だよ。代官所に納(おさ)められる税金(ぜいきん)の窓口(まどぐち)を担(にな)ったり、代官所で必要な備品(びひん)を調達したりしたんだ。江戸(えど)時代後期には家業として問屋(とんや)や酒造(しゅぞう)などの商売をしていたよ。

・石見銀山資料館(しりょうかん)学芸員・藤原雄高(ふじはらゆたか)

2017年10月18日 無断転載禁止

こども新聞