とわれるもの(7)憲法改正

各党の論拠「語られていない」

 2015年9月、歩行者天国となった東京・新宿の路上は、若者ら1万2千人で膨れ上がった。憲法の解釈を変更し、集団的自衛権の限定行使を解禁する安全保障関連法案に反対するデモ。「自分たちの意見を政治に届ける。その一心だった」。江津市出身で一橋大大学院生の栗栖由喜さん(23)が、若者グループ「SEALDs(シールズ)」の中心として声をからした当時を振り返った。

 憲法施行から70年の節目に行われる衆院選は、改憲が争点だ。中でも安倍晋三首相が提案した自衛隊の存在を明記する9条改正の是非に注目が集まる。

 政府は戦力不保持や交戦権の否認をうたう9条2項の条文に照らし、自衛隊の存在を「合憲」とする解釈を維持してきた。一方、一部の憲法学者らは「違憲」と主張する。首相は公示前のインターネット番組で「(違憲論が多い)この状況に終止符を打つのが私たちの責任だ」と訴えた。

 9条改正を巡っては、各党が立ち位置を明らかにした。自民党は自衛隊明記を打ち出し、希望の党は「9条を含めた改憲論議を進める」と記した。日本維新の会も9条改正を否定せず、日本のこころは自主憲法制定を強調。公明党は「多くの国民は自衛隊を憲法違反と考えていない」と慎重で、立憲民主、共産、社民3党は反対姿勢を強めている。

 だが、2年前の安保法制成立時と比べ、賛否双方で有権者の動きが活発化しているとは言い難い。「改正に関心がないわけではない。政治に対する期待や信頼が揺らいでいるからではないか」。そう語る栗栖さんはシールズ解散以降、デモに参加していない。決めるのは国会という現実に直面したからだ。

 公示期間中、新聞やツイッターで選挙報道を見るとつらくなるという。燃え尽きたと感じる半面、声を上げるのを諦めていいのかとの思いがある。安保法制が成立し、権力を縛る憲法も変われば、自衛隊の任務に「歯止めがかからなくなるのでは」と懸念する。

 しかし、各党の公約を見比べても9条改正の是非しか記されていない。突き詰めると「9条を変える根拠が語られていない」との思いに行き着く。

 デモに参加した2年前の熱量は今の自分にはない。ただ、客観的に俯瞰(ふかん)できるようになった自負はある。「各政党は論点を明らかにして真正面から議論を尽くしてほしい」。改正の先に何があるのか。見極めた上で一票を投じたいとする。


見えぬ自衛隊の将来像

 「憲法で認められたいとの思いはずっと頭の片隅にあった」。自衛隊OBで組織する島根県隊友会の持田佳郎会長(71)=出雲市平田町=は、陸上自衛隊での現役時代を述懐する。

 国連平和維持活動(PKO)の一環で隊員がカンボジアに派遣された、1990年代初めに人事を担当した。「事に臨んでは危険を顧みず…」との服務宣誓に忠実な人材を選んだ。

 命を預かる幹部として、国防に携わる自衛隊の存在が最高法規に位置付けられていない現実に歯がゆさを感じていた。衆院選で憲法に自衛隊を明記する議論が浮上し「胸が熱くなる」と期待する。

 長男が防衛大で学生の訓練に携わる浜田市高田町の女性(71)は、潜水艦に乗っていたかつての長男の姿を思い浮かべ「親なら誰もが子どもの身を心配する。だからこそ国を守るための訓練に励む自衛隊員が胸を張って仕事ができる礎を築いてほしい」と自衛隊明記に賛同する。


正々堂々と議論を

 ただ、自衛隊明記が実際に何をもたらすのかは見えにくい。既に災害派遣や国際協力活動で国民に広く受け入れられた存在となっており、明記自体に意味はないとする憲法学者がいる。一方で安保法制が成立し、任務がさらに拡大すると懸念する声も出ている。

 4月に日本青年会議所(JC)鳥取ブロック協議会が実施した国民討議会のアンケートでは「9条に自衛隊を明記すべきか」について「どちらともいえない」が、会の参加前後でいずれも36%と変わらなかった。同協議会選択委員会の北村健太委員長(36)は「改正後に自衛隊がどうなるのか。漠然として、想像しにくいからだろう」と分析した。

 9条改正を巡っては手法も議論の一つだ。自民党は野党時代の2012年、戦力不保持を定めた9条2項を修正し「国防軍」保持を明記した改正草案を発表。これに対し安倍晋三首相は今年5月、9条1項、2項を維持した上で自衛隊を明記する案を提示した。

 自衛隊OBで長女が陸自隊員の小汀(おばま)泰久さん(66)=松江市寺町、島根県自衛隊家族会会長=は改憲論議を歓迎しつつ「なぜ正々堂々と議論しないのか。2項を維持する手法はまやかしで混乱を招く」と疑問視する。護憲を訴える草の根運動を展開する鳥取県九条の会の浜田章作事務局長(81)=境港市麦垣町=は「手法がころころ変わる『日替わり改憲』だ。平和国家としての信頼を根底から損なう」と批判する。

 自民党が改憲を目指す条項を変えてきた経緯を指摘する声もある。4月にJC主催の国民討議会島根大会で意見発表した島根大法文学部4年の松原成久さん(22)は「改憲自体が目的化していないか。議論を深めてもらわないと国民は判断できない」と望む。


解釈変更した歴史

 自衛隊は警察予備隊から保安隊を経て1954年に誕生した。政府は自衛の「必要最小限度の実力」の保有は9条に反しないとの解釈で運用。安保法制の成立で集団的自衛権の限定行使が可能となり、自衛隊の任務が拡大した。島根大法文学部の黒沢修一郎准教授(憲法)は解釈変更で対応した歴史に触れ「役割や行動範囲といった運用は今後も解釈に委ねられる。仮に自衛隊を9条に明記しても、運用を巡る論争は避けられない」とする。

 選挙結果次第では9条改正が現実味を帯びる。改憲の是非という二者択一ではなく、なぜ今なのか、どの項目を優先し、国民は何を基準に判断すればいいのか。国の在り方を決める最高法規だけに、有権者は幅広い議論を求めている。

=おわり=

2017年10月18日 無断転載禁止