天才と評された日本画家 中原 芳煙(島根県美郷町生まれ)

気品あふれる画風で魅了(みりょう)

天才と評された日本画家・中原芳煙
 島根県美郷(みさと)町出身の中原芳煙(なかはらほうえん)(本名・佐次郎(さじろう)、1875~1915年)は、鋭(するど)い観察眼(かんさつがん)と細かな画風から天才と評(ひょう)された日本画家です。没後(ぼつご)100年を機に、芳煙の画業を再評価(さいひょうか)する機運が高まっており、今年6~7月には江津(ごうつ)市桜江(さくらえ)町川戸(かわど)の今井美術館(いまいびじゅつかん)で特別展(とくべつてん)「中原芳煙展」が開かれ、気品あふれる作品が大勢(おおぜい)の来場者を魅了(みりょう)しました。

 芳煙は、現在(げんざい)の美郷町潮(うしお)村で製鉄業(せいてつぎょう)などを営(いとな)んだ中原家の次男として生まれました。幼(おさな)い頃(ころ)から絵を描(か)くことが大好きだった芳煙は、やがて画家を志(こころざ)し、東京美術学校(現東京芸術大学)に進学します。

「中原芳煙展」で作品を鑑賞する来場者=江津市桜江町川戸、今井美術館、6月
 同校では、教授(きょうじゅ)で日本画家の川端玉章(かわばたぎょくしょう)に師事(しじ)して腕(うで)を磨(みが)きました。芳煙の才能(さいのう)に驚(おどろ)いた川端は親身に指導(しどう)し、芳煙も期待に応(こた)えて制作(せいさく)に励(はげ)み、在学中から展覧会(てんらんかい)で入選するなどして1901年、日本画本科をトップの成績(せいせき)で卒業しました。

 卒業後も精力的(せいりょくてき)に作品を発表。3頭の鹿(しか)が月光に照らされた水面を歩く光景を写実的に描(えが)いた「月下三鹿図(げっかさんろくず)」(03年)は内国勧業博覧会(ないこくかんぎょうはくらんかい)で褒状(ほうじょう)を受賞し、鹿たちのなめらかな毛並(な)みの描写(びょうしゃ)と愛らしい子鹿の表情(ひょうじょう)が印象的な「群鹿之図(ぐんろくのず)」(09年)は帝国(ていこく)美術展覧会で首席入選作に輝(かがや)くなど活躍(かつやく)しました。

鋭い観察眼と細かな描写が目を引く芳煙のデッサン画=江津市桜江町川戸、今井美術館
 しかし、さらなる飛躍(ひやく)が期待された芳煙を病魔(びょうま)が襲(おそ)います。10年に肺結核(はいけっかく)を患(わずら)い、14年には病状(びょうじょう)悪化で帰郷(ききょう)せざるを得ませんでした。「死にたくない、早く東京へゆきたい」との願いもかなわず、芳煙は15年、生家で息を引き取りました。39歳(さい)の若(わか)さでした。

 中央画壇(がだん)で活躍した期間が10年と短かった芳煙には、有力な画商が付いていなかったため、一部の作品を除(のぞ)き、多くは世に知られることなく生家に残されていました。没後100年を機に、美郷町教育委員会が中原家に保管(ほかん)されていた作品を調査(ちょうさ)し2015年、同町で展覧会を開催(かいさい)。今年は今井美術館で約100点が展示(てんじ)され、その画業に再(ふたた)びスポットライトが当たりました。

2017年11月15日 無断転載禁止

こども新聞