機械にも間違いはある?

 昔の話になるが、会社の経理が電算化されてからしばらくの間、コンピューターがはじき出す数字を、そろばんで検算する姿を見かけた。曰(いわ)く「機械でも入力間違いはあるはずだ」。プロの経理マンらしいこだわりだった▼品質に高い評価がある日本のモノづくりに黄信号がともった。神戸製鋼所に続き日産、東レ子会社など次々に品質や検査の不正が明らかになる。日本のモノづくりは技術の優秀さに加えて、不良品を市場に出さない検査に支えられていたとされる▼目先の利益や生産性を優先するあまり、そこにほころびが出たとすれば事態は深刻だ。「不良品は出ない」と半ば過信した検査と、不良品を見逃さないようにする検査では、明らかに見る目が違ってくる▼新聞の誤字や脱字、変換ミスのチェックも似たようなものだ。以前、「文章を読んでしまうと、ミスを素通ししやすい」と教わったことがある。面倒でも一字一字丁寧に確かめるのがプロの極意なのだそうだ▼江戸後期、英国では産業革命が起き、機械化により生産性が格段に向上した。同じ時期、日本では逆に労働集約型の「勤勉革命」が起きたという。牛馬を処分して人の手で深耕し、肥料を入れて反当たり収量を増やす農業だ▼いわば労働集約型が日本のモノづくりやサービスの特徴だった。人手不足もあり政府は今「生産性革命」に舵(かじ)を切る。ただ効率に走りすぎるとどこか危うい。「機械にも間違いはある」。そんな質へのこだわりや自負は、もう時代遅れなのだろうか。(己)

2017年12月4日 無断転載禁止