石見銀山 たんけん隊 <21時間目>

 約400年の採掘(さいくつ)の歴史に幕(まく)を閉(と)じた石見(いわみ)銀山。その後、銀山や住民たちはどうなるのかな? 世界遺産登録(いさんとうろく)への道のりはここから始まるよ。

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保存活動実り世界遺産に

石見銀山の世界遺産登録を記念し、くす玉を割って喜びを分かち合う関係者ら=2007年7月、大田市大田町、市役所
 さとる 石見銀山は採掘が断念(だんねん)された後、どうなるの?

 先生 多くの人は仕事を探(さが)しに別の鉱山(こうざん)へ移(うつ)り住んでいくよ。

 しおり にぎやかだった銀山もさびれていくのね。

 先生 好転のきっかけは、1957(昭和32)年に地元住民でつくる大森町文化財保存(ぶんかざいほぞん)会の結成にあるんだ。日本を代表する銀山の遺跡(いせき)を保存しようと、ガイドブックを作りPRしたり、県に遺跡の調査(ちょうさ)研究を依頼(いらい)したりして、1969(同44)年に国史跡(くにしせき)の指定へ導(みちび)くよ。

 さとる 後世(こうせい)に残すべき日本の文化財として認(みと)められたんだね。

世界遺産登録を祝い、ちょうちんを手に町並み保存地区を練り歩く大田市民たち=2007年7月、大田市大森町
 先生 さらに、地元住民は代官所(だいかんしょ)の跡地(あとち)にあった建物を活用し、石見銀山資料(しりょう)館を開館したよ。

 さとる 銀山に伝わる採掘の道具や銀鉱石など、貴重(きちょう)な資料も保存できるようになったんだね。

 先生 1987(同62)年には、国が貴重な景観が残る大森の町並(まちな)みを保存しようと、「町並み保存地区」に選定したんだ。

 しおり そのおかげで、江戸(えど)時代からほとんど形を変えない町の姿(すがた)が今でも見られるのね。

 先生 そんな折(おり)に、島根県の澄田信義知事(すみたのぶよしちじ)(当時)が「世界遺産登録を目指したい」と発言し、注目を集めるんだ。1996(平成8)年から、発掘や古文書(こもんじょ)などの本格的(ほんかくてき)な調査が進められたよ。

 さとる みんなが世界遺産登録を目指して動きだすんだね。

 先生 その結果、(1)銀を採掘、製錬(せいれん)した跡(あと)が良好に残る(2)銀生産から運搬(うんぱん)までの全体像(ぞう)が明らかである(3)世界的に重要な経済(けいざい)、文化交流を生み出した、この三つの価値(かち)が評価(ひょうか)されて、2007(同19)年に世界遺産に登録されたよ。

 しおり 長年にわたる調査と整備(せいび)が実を結(むす)んだのね。地元の人たちの喜びもひとしおだね。

 先生 そうだね。次の時間からは世界遺産登録を果(は)たした石見銀山の三つの価値を一緒(いっしょ)に学んでいこう。

=もっと知りたい= 町並み保存地区って?

 正式には重要伝統(でんとう)的建造物群(けんぞうぶつぐん)保存地区と呼(よ)ぶよ。現在(げんざい)、117カ所が選定。大森では国の支援(しえん)で137軒(けん)の建物が修理(しゅうり)され、昔の町の姿(すがた)が守られているよ。県内は他に温泉津(ゆのつ)と津和野(つわの)があるんだ。

・石見銀山資料館(しりょうかん)学芸員・藤原雄高(ふじはらゆたか)

2018年1月10日 無断転載禁止

こども新聞