世事抄録 一年の計

 「目出度(めでた)さもちう位也おらが春」。小林一茶らしい斜に構えた句だ。帰依した親鸞の教えに絡めれば意味も変わるだろうが、目出度くないという意味だ。正月早々、歓迎されない句だが、私は好きで、ついおとそ気分で過ごす自分への戒めにしている。

 というのも昨日までは「良い年を」とあいさつし、開けると何のためらいもなく「おめでとう」と祝う。人や社会が成長するのでもない。暦が変わるだけなのに華やいだ雰囲気に流される。それが嫌なのだ。

 古人はいい言葉を残している。「一年の計は春にあり」。毎年、仕事とは別にB4のノートに今年にやるべきことを記す。島根との関わり、家族や私事はもちろんだが、上段に構え、世界的な格差や自然破壊など社会情勢に対し何をするか、その理由と方法も列挙する。権力も人脈も資金もない私が世界に向かって何かをしようなど笑止千万だ。それでも続けるのは、社会に役立ちたいといった高尚な精神ではなく、私という存在を常に疑い確かめるためである。

 人は社会に生まれ、社会との関わりで生きている。己が目標に向け一心不乱に生きるときもあるが、それさえも社会との関わりのなかにあるのだ。あの日、夢見たことは、地球が何周しようとも枯れることなく息吹する。そのためにも社会との関わりで自分を問い続けるのだ。

(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2018年1月11日 無断転載禁止