石見銀山 たんけん隊 <23時間目>

 今回は石見(いわみ)銀山が世界遺産(いさん)に登録(とうろく)された二つ目の理由を学んでいこう。

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世界遺産登録10周年 銀生産の跡と暮らし共存

大田市温泉津町の町並み。歴史的な景観と人々の暮らしが一体となっている(2010年撮影(さつえい))
 さとる 世界遺産の登録には、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が定めた10個(こ)の基準(きじゅん)のどれかを満(み)たす必要があるんだよね。

 しおり 二つ目の価値(かち)の「銀生産から運搬(うんぱん)までの全体像(ぞう)が明らかである」は何に当てはまるの?

 先生 これも難(むずか)しい表現(ひょうげん)になるけれど

 「人類の伝統(でんとう)的な集落や、土地 や海の利用、環境(かんきょう)との関(かか)わりを示(しめ) す、優(すぐ)れた実例」

に当たるんだ。

 さとる 具体的にはどういうこと?

 先生 22時間目(1月24日付)で勉強したように、仙ノ山(せんのやま)には銀生産の証拠(しょうこ)がたくさんあったよね。

 しおり 採掘(さいくつ)や製錬(せいれん)の跡(あと)がきれいに残っていたわ。

 さとる それが土地の利用を示しているの?

 先生 まず一つにはね。でも、それだけではないんだ。戦国時代に、銀を運び出した二つの「銀の道」があったのは覚えているかな?

 しおり 6時間目(6月14日付)で学んだわ。

 さとる 銀鉱石(ぎんこうせき)を鞆ヶ浦(ともがうら)港(大田(おおだ)市仁摩(にま)町)へ運び出した道と、銀山で必要な物資(ぶっし)が水揚(みずあ)げされた温泉津(ゆのつ)港(同市温泉津町)へ銀貨幣(かへい)が流れた道だね。

 しおり なるほど。銀の道や港が土地利用の証拠になるのね。

 先生 そう。それに銀の道の周りには、戦国大名の銀争奪(そうだつ)戦の舞台(ぶたい)となった山城(やまじろ)跡も残っているんだ。

 しおり でも、港町は今も人が住んでいるから、遺跡という感じはしないわ。

 先生 その姿(すがた)こそ、銀山の繁栄(はんえい)によって町ができて、時代を超(こ)えて人々が生活してきたことを伝える何よりの証拠になるんだ。

 さとる こうしてみると、銀を生産して運び出すまでの全体像が良く分かるし、それを遺跡や景観(けいかん)から実感することができるね。

 先生 このように地域(ちいき)の歴史や自然、地形と、そこに暮(く)らす人々がうまく共存(きょうぞん)してできた風景を「文化的景観」というんだ。

 しおり だから世界遺産の登録名は「石見銀山遺跡とその文化的景観」になっているのね!

=もっと知りたい=文化的景観って何だろう?

 自然と人間の暮(く)らしとが一体となっている風景や、地域(ちいき)の人々の生活を理解(りかい)するために欠かせない景観(けいかん)のことだよ。石見(いわみ)銀山は鉱山遺跡(こうざんいせき)と豊(ゆた)かな自然環境(かんきょう)が一体となっているところが世界的に貴重(きちょう)とされているんだ。

・石見銀山資料館(しりょうかん)学芸員・藤原雄高(ふじはらゆたか)

2018年2月7日 無断転載禁止

こども新聞