松江総合ビジネスカレッジ ベトナム人から見た日本

 今回の「青春はつらつ新聞」は、専門学校松江総合ビジネスカレッジ(松江市東朝日町)日本語学科で学ぶ、ベトナム人留学生の皆さんによるヤングこだま特集「ベトナム人から見た日本」です。

 同学科では現在、ベトナムからの留学生33人が学んでいますが、今回はその中から2年生6人の投稿を紹介します。日本人の正月の過ごし方や労働環境・過労死問題、結婚観、国民気質、日本語表現など、母国ベトナムと比較しながら、率直な感想を述べています。



日本語表現 誤解を招く曖昧な言葉

 2年 ファム ティ トウイ ハー

日本語学科で授業に取り組むベトナム人留学生たち=松江市東朝日町、専門学校松江総合ビジネスカレッジ
 ベトナム人に比べて、日本人は曖昧な言葉を好むと感じます。ストレートに考え方を伝えるベトナム語に比べて、日本語の中には理解するのが難しいものがかなりあります。

 ベトナム人はストレートな表現を好むといわれています。それはなぜでしょうか。話すとき、日本人は相手の感情を傷つけたくないと思うかもしれませんが、はっきり自分の意見を伝えないと、相手が間違えて理解してしまうからです。

 例えば「けっこう良いですね」と言われると、「ちょっと期待外れだ」という本当の意味ではなく、私は「けっこう良いらしい」と受け取ってしまいます。曖昧な表現は時々、下心を隠している、二枚舌、裏表があると感じられるかもしれません。

 ベトナム人は責任をもって発言することを好みます。問題が起きたときは、発言者が責任を負います。日本人は曖昧な表現で人間関係の円満さを保ってきたようですが、ベトナム人から見ると、相手との議論や自分の責任を避けているように見えます。

 文化が異なるので表現の仕方が違うのは当然です。誤解が生まれないように、外国人と話すとき、日本人は意見を明確に伝えた方がいいのではないでしょうか。


正月の過ごし方 人情と郷愁薄れる懸念

 2年 ヴー マン クェット

 私は日本に来て今回で2回目の外国でのお正月を、ベトナム人と過ごした。お正月が来ると同時に、ある寂しさや楽しさとともに、少し懐郷的な気持ちが私のところに飛んできた。

 ベトナムと違って、日本では新暦でお正月を考える。そして、休みの期間も短くて、私の周りにも帰省しない人がいるらしい。また、この間に海外旅行に行く人もいる。ベトナム人の私から見ると、どうして帰省しないのか不思議だ。

 ベトナム人にとって「テト(旧正月)」は神聖な意味を持つし、また、1年ぶりに家族だけでなく友達とも再会する機会だ。日本人と比べてベトナム人の方が両親と仲がいいと思う。そこで、私たちは日本でテトの雰囲気をつくって、深い郷愁の気持ちを紛らわせた。

 日本人はお正月がただ少し長い休みの期間ぐらいにしか思っていない。一方、ベトナム人は、テトには再会した人に1年間にあったことを全部話す。これがテトで一番大切なことなのだ。

 社会が発展すればするほど人情が薄れてくるのではないかという疑問が、私の頭の中に浮かんできた。


結婚観 自分を成長させるもの

 2年 フン ヴァン クェット

ベトナムの国内スナップ(右から時計回りに)(1)伝統菓子の作り方を子どもたちに教える女性(2)通りを埋めるバイクの大群(3)祭り用のカラフルな獅子のかぶり物が並んだ路地裏(コラージュ、資料)
 私は日本に来てから今まで2年間ぐらい松江市に住んでいるが、その間に私の周りで結婚した若い日本人カップルを知らない。ベトナムにいた時、日本の若者は結婚したくない人が多い、とよく聞いたが、ここまで深刻になっているとは思わなかった。

 なぜ日本人は結婚したくないのかと考えてみると、やはり経済的な問題や、仕事が忙し過ぎて相手を見つける時間がない、一人でいる自由をなくしたくない、というのが理由だろうか。

 日本人と比べて、ベトナム人にとって結婚は自分を成長させるものだと考える。だから、ほとんどのベトナム人は、大学を卒業して2年間ぐらい働いたら結婚することが多い。両国の考え方はずいぶん違う。

 日本人は生活が安定してから結婚したいと考え、逆にベトナム人は結婚してから安定を目指すという考えがある。日本人も少しだけベトナム人の考え方を取り入れたらどうだろうか。


日本人気質 堪忍し過ぎは良くない

 2年 ボォ タン ヒエップ

 日本に来てからもう6年ぐらいになる。これまでに学習したことは、日本語だけでなく、日本人の考え方とか、性格だ。そのうちで一番感心したのは、日本人は限界まで堪忍するということだ。

 ある日本人の友達から聞いたが、日本人はあまり愚痴を言いたくないそうだ。仕事先でも家庭でも愚痴を言わず、どんなに疲れても我慢する。周りの人にそれを気付かれないように過ごす。周りの人になるべく心配させまいと思うようだ。私はこのことがとても印象深い。

 確かに、自分の気持ちを隠すことはすごく偉いと感じる。そして、堪忍は人に好感を持たれるような振る舞いであって、そうあるべきだというのが日本の文化ではないかと思うようになった。

 しかし、何事でもやり過ぎたり、我慢し過ぎたりするのは良くないのではないか。堪忍だけでは気持ちをシェア(共有)できず、解決も難しくなるだろう。堪忍し過ぎて、うっかり損をしてしまう可能性も十分あると思う。


労働環境 もっと権益を守るべき

 2年 ブィ ティー フェン リン

 日本で働くベトナム人の友達から聞いた話です。彼女の会社のお昼の休憩時間は正午からで、社員の皆は正午になると昼ご飯を食べ始めていたそうです。

 ところが、最近彼女の会社は新しい社長に代わりました。新社長はいつも午後0時40分まで働きます。正午になって社員の皆はおなかがすいているのに頑張ります。我慢できない人は午後0時20分くらいから昼ご飯を食べ始めるけど、周りの人たちは休憩時間じゃないかのように働いているから、恥ずかしくなってくるそうです。毎日毎日同じことをするから、休憩時間はあっても、実際は休憩時間じゃありません。

 これは私の友達だけの話じゃなくて、日本ではどこにでもあると思います。最近、過労で死亡した人がとても多いと感じます。ストレスがたまっている人も多過ぎです。残業のし過ぎが原因でしょう。

 私は前にシンガポールとフランスとスイスの会社を見学したことがあります。それらの会社は「休憩時間は必要だ。休憩時間が妥当なら仕事の能率は良くなる」と言っていました。日本の労働者はもっと権益を守らなければならないと思います。


過労死問題 健康維持に何が必要か

 2年 グエン ホアン ロン

 日本では過労死に関するニュースを頻繁に目や耳にする。それは勤勉な人々が多い表れとも言える。人口の高齢化が引き起こした欠点もあったものの、このような勤勉な従業員のおかげで、日本は世界的な金融危機から回復したとも言える。

 しかし、解雇されないためには、従業員は残業をしなければならなかった。長いプロセスの後に、彼らの肉体的な健康と精神的な健康が耐えられるものを超えた。問題は、退職して別の仕事でやり直すことは、疲れる仕事を長時間受け入れることよりも難しいことであるのか、ということだ。

 2018年1月からの1カ月ほどで、過労で亡くなったベトナム人留学生の総数は5人である。日本の政府が留学生の労働時間を制限していたものの、大金を稼ぐ誘惑や家族の困難な状況は、彼らの身体の警告信号を無視するようになった。

 自分の上司が信頼するような良質の従業員になりたいと、誰もが考えている。誰もができるだけ多くの金を短時間で得ることを望んでいる。しかし、彼らの肉体的な健康と精神的な健康に何が必要であるかを知っているだろうか。

2018年2月27日 無断転載禁止

こども新聞