石見銀山 たんけん隊 <25時間目>

 石見(いわみ)銀山の発見をきっかけにヨーロッパとの交流が始まった日本。食べ物や日用品などに大きな影響(えいきょう)を与(あた)えたよ。それは江戸(えど)時代だからこそできたんだ。

    ※      ※    

平和続き外国文化広がる

 しおり ヨーロッパの船が来るようになると日本はどう変化したの?

 先生 例えば、日本の銀と交換(こうかん)するために中国で安い生糸(きいと)を買い付けて持ち込(こ)んだよ。

 しおり 生糸は何に使われたの?

 先生 新しい織物技術(おりものぎじゅつ)も入ってきて、京都の西陣(にしじん)などで生糸を用いた織物が作られたよ。

 しおり 伝統(でんとう)的な西陣織の基礎(きそ)は銀貿易(ぼうえき)があったから築(きず)かれたのね。

 先生 他にもニンジンやジャガイモ、カボチャなどの野菜も石見銀山発見以降(いこう)に初めて輸入(ゆにゅう)されたんだ。

 さとる それまでは日本になかったんだね。

 先生 サツマイモも輸入先の地名を取って「唐(から)(中国)芋(いも)」と呼(よ)ばれたんだ。

 さとる それを井戸(いど)代官が享保(きょうほう)の大飢饉(だいききん)のときに石見国へ取り寄(よ)せたんだね。

 しおり 9時間目(7月26日付)で、メガネや望遠鏡も輸入品って習ったわ。

 先生 そう。最初は高級品として扱(あつか)われたよ。でもだんだんに国内で作られるようになり、誰(だれ)もが使えるようになったんだ。

 しおり 銀を通じて日本にやってきた輸入品が、国内の産業や文化に影響を与えたり、国産化されて全国へ広がっていったのね。

 さとる どうして外国の農産物や日用品が広まったの?

 しおり 金銀銅(どう)がたくさん産出されたから?

 先生 それも理由の一つだよ。もう一つは、江戸時代が「徳川(とくがわ)の平和」と呼(よ)ばれるほど平和で安定した世の中だったからなんだ。

 しおり 確(たし)かに江戸時代に大きな戦(いくさ)がなかったわ。

 さとる 戦国時代なら新たな物事に目を向ける余裕(よゆう)がないよね。

 しおり 平和だからこそ、日本の隅々(すみずみ)にまで新しい文化が浸透(しんとう)したのね。

 さとる 石見銀山の発見から物事を見ていくと、平和を考えるヒントにもつながっているなんて、まさに世界遺産(いさん)にふさわしい遺跡(いせき)なんだね。

=もっと知りたい=「徳川の平和」はどういう意味?

 徳川幕府(ばくふ)が天下泰平(てんかたいへい)をもたらしたことで、265年間にわたり続いた平和な時代のこと。産業、文化、芸術(げいじゅつ)などの分野で独自(どくじ)の発展(はってん)が遂(と)げられ、社会が成熟(せいじゅく)したよ。明治時代に近代化を迎(むか)えるうえで、基礎(きそ)をつくったとされるんだ。

・石見銀山資料館(しりょうかん)学芸員・藤原雄高(ふじはらゆたか)

2018年3月7日 無断転載禁止

こども新聞