世事抄録 国籍は天にあり

 1月末、歌人、谷川秋夫さんが94歳の生涯を終えたと知った。ちょうど25年前に訪ねた瀬戸内海の小島にある国立ハンセン病療養所「長島愛生園」での出会いを思い出した。

 谷川さんは中学受験の身体検査で発病が分かり、14歳の時、自ら愛生園に渡った。土蔵にこもり家族にも気兼ねした生活から、愛生園の目の前に広がる紺(こん)碧(ぺき)の空に真っ青な海、白い砂に深緑の松が映えて目にしみた。まぶしい光を浴び、安らぎが胸いっぱいに広がったという。

 幸い快方に向かい、いったんは園を離れ製鉄会社に就職したが、再び病が頭をもたげた。戻った故郷は温かく迎えてくれる所ではなかった。翌朝、母親は大きなおむすびをいくつも握って手渡し、「すまないが、愛生園に行ってくれないか」と涙ながらにわびた。1952年には症状が進み光を失った。治癒したものの後遺症で知覚が残るのは全身の1割ほど。テープレコーダーも口と歯で操作した。

 園内ではキリスト教に希望を見いだし、テープによる伝道と、失明を機に本格的に始めた短歌に没頭。93年の歌会始では「なえし手に手を添えもらひわが鳴らす鐘はあしたの空にひびかふ」が選ばれた。

 自室には「国籍は天にあり」と書かれた額が掲げられ、「私には天の国に凱(がい)旋(せん)できるという希望があります。感謝しながら悔いなく生きていきたいと思います」と語っていた。

   (出雲市・呑舟)

2018年3月15日 無断転載禁止