世事抄録 私、変わります

 「目が覚めると大きな毒虫に変わっていた」。カフカ「変身」の冒頭だ。変身直後は妹とわずかだがコミュニケーションを保った主人公だが、やがて家族にも不気味がられ孤独の中で死ぬ。もしかわいい子猫だったら楽しい第二の人生があったかもしれない。

 さて、退職した仲間たちと飲んだ。遺産相続や退職金で悠々自適な諸氏かと思いきや、「変身」の虫になった友もいる。家族に疎まれ、仕事人間故に地域との交流もなく、朝の喫茶店で女性店員に声を掛けられることを楽しみにしている。帰省しても両親もなく、同級生とも疎遠ですぐに舞い戻る。寂しいという。

 ならば無意識に変身した今の姿で生きるのでなく、家族や故郷に愛される努力をするしかない。そのためには自分が変わることだ。なぜ生きるか、何をするかを考える。それは社会への関わりで生きるという強い意思を持ち、自分の求める姿を描き、社会活動に参加する実存的な生き方だ。

 故郷を守ってきた皆さま。都会に出、老いた彼らはかわいい子猫ではないが、一度だけでも迎え入れていただけないか。たとえば首都圏や故郷のイベントにボランティアとして参加できるチャンスだ。彼らが自分や故郷を見詰め直すだけでない。そこに都市と田舎を結ぶ関係が生まれれば、地域や世代を超えたユニークな運動や文化が必ず創造される。

(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2018年3月22日 無断転載禁止