(109)万福寺(益田市東町)

雪舟が作庭したとされる万福寺庭園
 武将が心慰めた雪舟庭園

 中世に益田を治めた領主・益田氏の菩提(ぼだい)寺である益田市東町の万福寺(神一(こうかず)紀道(としみち)住職)は、室町時代の画聖・雪舟が作ったとされる国史跡・名勝の雪舟庭園で名高い。同寺本堂と、寺宝の二河白道(にがびゃくどう)図はいずれも国の重要文化財に指定され、刻んだ歴史を今に伝えている。

 同寺によると、前身は益田川の河口近くにあった天台宗の寺院・安福寺。1026(万寿3)年の大津波で流され、その後1319(元応9)年に時宗の道場となった。現在地に移ったのは1374(応安7)年。益田氏第11代当主の益田兼見(かねみ)が本堂を建立し、益田家の菩提寺とした。

 雪舟庭園(面積1421平方メートル)は移築から約100年後の1479(文明11)年、第15代兼堯(かねたか)が雪舟を招き、造らせたという石庭だ。須弥山(しゅみせん)世界(仏教の世界観)を象徴しており、庫裏から見て須弥山石を中心に右奥に枯滝、左奥に三尊石を配し、かつて僧侶が座禅したという座禅石や礼拝石もある。石の配置は、心字池と相まって絶妙のバランスを醸す。

 神一住職(75)は「中世は戦乱の時代であり、益田氏も例外ではなくしばしば合戦に参加した。兼堯公は幼少期に父と兄を亡くし、苦労した方だけに、戦から戻った時に心を落ち着ける場所が必要だったのだろう」と語る。

 通常、収蔵庫に保管されている二河白道図は、毎年ゴールデンウイーク中、展示する。5月の第3土曜日には恒例の庭園ライトアップイベントも予定。神一住職は「5月に入ると心字池のカキツバタが花をつける。多くの人に訪れてほしい」と話す。

2018年4月5日 無断転載禁止