(110)片岡金六君頌徳碑(邑南町)

旧JR口羽駅前に設置された「片岡金六君頌徳碑」
 三江線開通 功績伝える

 今年3月末で廃止になったJR三江線の口羽駅(邑南町下口羽)前には、「片岡金六君頌徳(しょうとく)碑」と彫られた石碑がある。旧口羽村(現邑南町)の村長で、同線開通に尽力した故・片岡金六氏の功績をたたえたものだ。

 1950年代に持ち上がった江の川ダム建設計画では、三江線の予定区間は水没することになり、山陰と山陽を結ぶ鉄路開通は危ぶまれた。早期開通を願う島根、広島両県の沿線村長らは、56年2月1日付でダム建設の反対陳情書を作った。片岡氏も名を連ね、陳情で上京する際には地域の代弁者として奔走し、鉄道を望む地元住民の先頭に立ち続けた。

 激しい議論の末、59年にダム建設が断念されたことにより、63年6月30日に口羽-式敷駅(広島県安芸高田市)間が開通した。口羽駅も開業したが、片岡氏はこの光景を見ることなく、57年に亡くなった。

 当時の村民らは、三江線建設促進に尽力した片岡氏をたたえ、63年6月に高さ約190センチの石碑を設置。労働大臣大橋武夫書と記され、側面には発起人の名前が彫られている。

 片岡氏ら多くの人たちの努力で陰陽を結んだ全長108・1キロの鉄路は、今年3月31日に最後の列車が走った。ダムの反対陳情書には「三江線開通はわれら父祖三代にわたる悲願であり、沿線住民は一日も早く全通を熱望している」とある。三江線は88年の歴史に幕を下ろしたが、石碑は住民の思いをこれからも伝えていく。

2018年5月10日 無断転載禁止