母の日

 「父親には心配をかけた」「母親には感謝しないと」と時々思う。ただ、よく考えてみると、それは「役割」としての父親や母親に対する気持ち。一人の男性や女性、人間として両親がどんな人生を送ってきたのかは、ほとんど知っていない自分がいる▼生まれて物心ついた時から、相手は既に父親であり母親。ずっと、そうした役割が全てのように思っていた。若い頃の話を断片的に聞くことはあっても、正面切って半生を尋ねた記憶はない▼連休中に読み返した昔のエッセー集『思いがけない涙』(1988年版)に指揮者の故・山田一雄さんが書いた「明治のおかあさん」が収録されていた。幼い頃、母と一緒に訪れた杵築(旧大社町)で聞いた鈴の音と、宍道湖にまつわる母の記憶だ▼その中に、80歳を過ぎた母が山田さんの妻に、父との昔のエピソードを自慢そうに話す場面があった。宍道湖の小舟の上で父からプロポーズされたと。それまで見合い結婚だとばかり思っていた母。「私だって」というニュアンスだったらしい▼松江の女学校時代に英語を習っていた父の後を追って一人で上京し、結婚したいきさつを知ったのは、母親が亡くなった後のことだったそうだ。読んでいて、今まで役割の中にいる両親しか見てこなかった自分に気付かされる思いだった▼5月の第2日曜日は「母の日」。年に1回では割に合わない、との軽口が飛んできそうな母にもドラマがあったのだろうか。元気なうちに、いつかその半生に耳を傾けてみよう。(己)

2018年5月13日 無断転載禁止