東京五輪水泳で銅どうメダル 岡部 幸明(大田市生まれ)

800メートルアンカーを務つとめる

1964年東京五輪で銅メダルを獲得した岡部幸明
 1964年の東京五輪で競泳男子800メートル自由形リレーに出場し、アンカーとして銅(どう)メダルに輝(かがや)いた岡(おか)部(べ)幸(ゆき)明(あき)(1941~2018年)は、日本海に面した大(おお)田(だ)市温(ゆ)泉(の)津(つ)町湯(ゆ)里(さと)の出身です。

 物心が付いた頃(ころ)から水泳に親しみ、湯里中学校2年時、同校にプールが完成したことをきっかけに体(たい)操(そう)部から水泳部に転部したといい、3年生になると全国通信水泳大会で全国8位に入りました。

 国体出場選手などを相次いで輩出(はいしゅつ)している湯里地区ですが、その礎(いしずえ)となったのが岡部だと、地元の人々は功(こう)績(せき)をたたえます。

 岡部は、身長166センチと小(こ)柄(がら)ながら、大田高校時代はインターハイで入賞するなど順調に成長し、早(わ)稲(せ)田(だ)大学に進学後は五輪強化選手に指定されたり、海外遠(えん)征(せい)も経(けい)験(けん)したりと、競泳男子自由形・短(たん)距(きょ)離(り)のエースとして活(かつ)躍(やく)します。

岡部幸明が獲得した銅メダル=大田市温泉津町湯里、湯里まちづくりセンター
 1964年、早稲田大を卒業した岡部は大(おお)阪(さか)府(ふ)の会社に所(しょ)属(ぞく)しながら五輪候(こう)補(ほ)選手として合宿生活を続け、7月の日本選手権(けん)で優勝(ゆうしょう)。迎(むか)えた10月の東京五輪では、浜(はま)田(だ)市出身で浜田高校OBの福(ふく)井誠(いまこと)(故(こ)人(じん))がリレーの第1泳者、岡部がアンカーの大(たい)役(やく)を務(つと)め、日本チームが3位に入るのに貢(こう)献(けん)しました。

 この大会、日本の水泳陣(じん)では、岡部らが獲(かく)得(とく)したこの銅メダルが唯(ゆい)一(いつ)のメダルとなりました。

温泉津町の子どもたちに水泳を指導する岡部幸明=2008年7月2日、大田市温泉津町湯里
 引(いん)退(たい)後は、後進の指(し)導(どう)に尽力(じんりょく)しました。また2003年からは母校・温泉津小学校での水泳教室に毎年駆(か)け付け、地元の子どもたちに指導をしたり、講(こう)演(えん)をしたりと、古里への貢献にも積極的に取り組みました。

 亡(な)くなったのは今年の1月26日。76歳(さい)でした。現(げん)在(ざい)、銅メダル、五輪時に着ていた深(しん)紅(く)のブレザーなどの貴重(きちょう)な資料(しりょう)は、湯里まちづくりセンター(大田市温泉津町湯里)に展(てん)示(じ)してあり、多くの市民が訪(おとず)れ、眺(なが)めています。

 2年後には再(ふたた)び東京で五輪が開かれることから、大田市内の学校へメダルなどの展示物を持ち出し、あらためて岡部の業績(ぎょうせき)を紹介(しょうかい)し、後(こう)世(せい)に伝えていこうという動きも広がっています。

2018年5月16日 無断転載禁止

こども新聞