世事抄録 親子でお世話になります

 この春、突然、有給を取った30歳の息子と帰郷した。私の両親が生きていた子供の頃の思い出しかない東京生まれの息子は、実家の柱に付いた自分の背丈の印に苦笑いし、祖父や私の書棚を眺めては祖父に似て眉間にしわを寄せた。祖母の作る煮しめや漬物が好物だった息子は、台所に入り匂いを吸う。墓の帰り、休業中の焼きサバ屋を見て残念そうにした。

 昼飯は私の友も呼び中学の友の店で食べた。昔話と中華、温めたスーパーの焼きサバと奥さんの煮しめを息子は懐かしがる。松江に戻る途中に寄った露天風呂で問われた。どうして島根を出たの。今思えば甘いが、夢と自由を求めたと曖昧に答えた。前の晩、松江の高校の友の飲み会に同席した息子は彼らから私の青春の話を聞いたのだろう、それ以上問わなかった。この夜も後輩との飲みに同席し、松江の秘話に一喜一憂した。

 酔いざましに2人で外を歩くと、また来たいと言う。今度は私が問うた、なぜ。知らないことが多過ぎる。それに島根が好きになりそうだ。顔は正直だ。この帰郷には考えるところがあったのだろう。祖父母の思い出や、私の友の歓待に接して何かに気付いたのだろう。今後は独自な関係を築き、自分の存在を形にしてほしい。そうすることで島根は故郷となり、温かく迎えてくれる。そして故郷はなくしたものを気付かせてくれるところでもある。

 (埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2018年5月17日 無断転載禁止