放っておいたら…

 出雲市斐川町の荒神谷遺跡で全国最多となる弥生時代の銅剣358本が見つかり、大騒ぎになった時からさらに11年前の1973年。常識を覆す発見が松江市鹿島町の志谷奥遺跡でもあった。別々の文化圏の遺物とされていた銅剣と銅鐸(どうたく)が、日本で初めてまとまって出土した▼45年後の今年に新たな事実が判明した。銅鐸は2個ではなく、実は3個だった。長い間未調査だった青銅器の破片を分析すると、既に確認されている銅鐸とは別のものが交じっていた▼放ってあった文化財をよくよく調べたら、あっと驚く発見に結びつく。松江では、なぜかよくある話だ。同市東津田町の石屋古墳で78年に発掘され、30年以上未整理だった破片を接いでみたら、日本最古の力士の埴輪(はにわ)が姿を現した。昨年市が発表した最古級の江戸城の絵図は、50年以上前の市民からの寄贈品。専門家が見て初めて価値が分かった▼松江城天守の国宝化の決め手となった祈祷(きとう)札も似たところがある。昭和の大修理で行方知れずになっていたのが、70年以上たってすぐ近くの松江神社で見つかった▼教育委員会の担当者が他の業務に追われ、膨大な遺物や資料が保管庫でほこりをかぶる。これは松江に限らない。ただし古代から近世、近代まで幅広い文化遺産を有する松江は、宝が眠っている確率が他地域より高い▼松江城の世界遺産暫定リスト入りを市は目指すが、肝心の文化財保護行政の足元はしっかりしているのか。審査の厳しさは石見銀山遺跡で見ているだけに心配になる。(示)

2018年6月7日 無断転載禁止