先入観はまだ根強い

 「外交交渉は勝ち負けではない」といわれる。しかし相手の国や指導者によっては、やはり意識してしまう。注目度が高い場合はなおさら。ヒールと呼ばれる悪役が登場するプロレスなどの試合を応援する心理に近い▼史上初の米朝首脳会談がシンガポールで行われた。握手に続く一対一の会談などの結果、朝鮮半島の「完全な非核化」と北朝鮮の安全を保証する包括的な共同声明に署名。休戦状態が65年続く朝鮮戦争の「終結」を目指す方針も示した▼会談に至る前哨戦で主導権を握ったのはトランプ大統領。北朝鮮の「脅し」を逆手にとり、開催まで20日を切った時点で「中止」を通告。金正恩(キムジョンウン)委員長を慌てさせた。「技あり」に見えたが、その後は一転。融和的な姿勢を交えた発言に。これもディール(取引)だったのか▼首脳会談はこの先も重ねるという。声明に沿った取り組みが進めば、非核化が具体的に動きだす。トランプ氏が会談で提起したことで、日本にとっても懸案の拉致問題を打開する好機になる。しかし完全な非核化までには十数年かかるとの見方もある。道のりは長い▼心配なのは約束が確実に履行されるかどうかだ。疑心暗鬼が続いた米朝間の信頼関係はまだ頼りない。しかも約束を反故(ほご)にしてきた国を相手に取引の内容をどう担保していくか。トランプ流交渉術の真価が問われるだろう▼世界の目を引き付けた歴史的会談。北朝鮮が本当に「反則技」を返上するスタートになればいいが、ヒールへの先入観はまだ根強い。(己)

2018年6月13日 無断転載禁止