「神の手」はもう生まれない?

 スポーツの審判は因果な商売だ。判定は正しくて当然。ミスすればファンから激しい罵声を浴びてしまう。サッカー天皇杯では審判の競技規則適用ミスで、PK戦をやり直す前代未聞の失態が起きた▼一方で受難も。バスケットボールの全九州高校大会で男性審判が、判定を不服とするアフリカからの留学生に殴打され、口を縫うけがを負った。許されない行為だが、審判は留学生の将来を思って被害届は出さないという▼「地位が上がれば緊張と責任は増し、さばくのは難しくなる。知識と準備は不可欠」。出雲市出身の大相撲三役格行司、式守勘太夫さんはかつて、本紙の取材に行司の心構えをこう語っていた▼58歳。加齢による足腰の衰えを補うため自宅や宿舎周辺で早歩き。縁石の上を歩いて平衡感覚を養い、スクワットも欠かさないという。取組の流れに合わせ直径4.55メートルの土俵で瞬時に動く。力士同様に心技体が重要で、まさにプロの仕事。易(やす)きに流れるわが身を振り返ると頭が下がる▼そんな行司や審判の仕事を補完するため、ビデオ判定の採用が進んでいる。プロ野球は今季から、判定に異議があれば監督が映像での検証を要求できる「リクエスト」制度を導入。日本が白星発進したサッカーW杯も取り入れた▼確かに判定の厳正性は高まるだろうが、監視されているようで息苦しくもある。1986年のW杯でアルゼンチンのマラドーナが浮き球を手で押し込んだ「神の手」ゴールのような伝説は、もう生まれないのかもしれない。(健)

2018年6月22日 無断転載禁止